16.
「さあさあ、それくらいでショウを解放して、そろそろ仕事に戻ろうか」
取り囲まれるショウを助けようと、苦笑を浮かべたガーシュが手を叩く。興奮さめやらぬ気持ちはあったが、その声をきっかけに、みな自らの持ち場に戻っていった。
最後に残ったのは、ようやく涙を抑えたユリアとガーシュ。
「お帰りなさい、ショウ。あなたの力を、みんな信じていました。……お疲れさまです。本当に。あなたが管理者であることを、誇りに思います。昔はどうなることかと恐ろしかったものですが、そう思った自分のことをいまでは恥じていますよ」
改まった口調でそう告げたガーシュは、少しおどけた調子で一礼してみせた。
「さて、ショウ。ほとんどの住民には、秩序を乱す意志はないと認識しても大丈夫ですね? そしてこれで、残すはアキたちの問題だけだ、と思っても構いませんね」
表情を引き締めたガーシュは、ショウに確認を促した。これで全てが解決ではないのだ。まだ、おおきな問題が残っている。これを片付けてしまわない限り、未来はない。Egg Shell中心部でいまだに閉じこもる、アキたちをどうにかしなければ。
「ええ。まだ納得しきれていない人たちはこれからも根気よく説得を続けていくだけですから、あとは、アキたちを連れ戻すだけです。とはいっても、これがいちばん難しいことなんですけど。リアリィたちから連絡は?」
なんらかの進展があってしかるべきだと期待したショウだったが、ユリアから返されたのは、首を振る否定の仕草だった。
「いいえ。彼女からは、まだなんの連絡も。やはり、こちらからもなんらかの手をうったほうが良いのではありませんか? このままただ無為に時間を過ごすことは、得策とはいえないでしょう。それに、外界確認のこともあります。行動を起こすなら、早いに越したことはありません」
リアリィのことを、信じていないわけではなかった。しかし、いまは彼女たちの行動を悠長に待っている暇など、無きに等しい。同時に進行している、『切り札』計画実行のこともある。
「そう、ですね……。――その後、『ジョーカー』の進行具合はどうですか? オリジナルのディスクの解析は、どこまで? 必要であれば、ヒロたちに協力を要請しますか?」
広場に納められていたディスクは、制限を解除した上で、いまこのエリアにあった。ヒロたちがコピーして持っていったもののオリジナルだ。ヒロたちは主に隠された通路方面のデータのみに限って解析を進めていたが、こちらではその後を含めた様々なことを考えて、解析を進めている。外界確認の方法について、生存可能かどうかの判断の根拠についてなど、その他いろいろのことだ。
アキたちのことが解決したからといって、それで全てが丸く収まるわけではないことを、いまの住民たちは知っている。卵は永遠ではない。いつかは、孵らなくてはならないのだ。アキたちの望んだ『解放』という孵化を回避しても、Egg Shellに永遠にとどまりつづけることはできない。
「解析はほぼ終了です。Egg Shellの構造も、ほぼ全てがわかりました。いまなら、私たちも最深部に行くことが可能です。――アキたちのもとへ」
「じゃあ、行き方がわかったんですね。それから、外界確認の方法についても?」
「ええ。そちらも解析済みです。確認しようと思えば、いつでも」
ありがとう、と目下のところの解析責任者であるユリアに伝えると、ショウは最善の方法のために考えをめぐらせ始めた。
この期に及んでもまだ、外の世界を確認することに恐怖を感じてしまう。どうしようもなく、心が揺れてしまう。もし、再生不可能なまでに外の世界が壊されてしまっていたら、今度はこの惑星にも別れを告げなくてはならないかもしれないのだ。果たして、そんな大それたことを、自分が率いてやっていけるものなのだろうか。
「……ショウ?」
黙りこんだ管理者の少女を見て、訝しげな表情をガーシュとユリアが向けた。視線を向けられ、はっと気づいたように面を上げたショウは、ほんの少しだけ気弱な表情を見せて言葉をこぼす。
「ちょっと、怖くなっちゃいました。もしかしたら、本当に宇宙に出ることになるかもしれないと思うと、私にできるんだろうかって」
「ショウ……」
誰より重い責任を持つこの少女は、それでも強くなった、とふたりは思う。逃げ出したりも、泣き出したりもせず、まっすぐ立っているのがその証拠だ。うつむくこともあるけれど、そんなときはみんなで彼女を支えればいい。いつでも、彼女に支えられている、その恩返しに。
「できますよ。あなたはひとりじゃありませんから」
「私たちがいます。みんながみんなを支えているから、困難も乗り越えられるんじゃないですか」
力づけるようにふたりが声を重ねると、ショウは瞳を瞬かせ、にっこりと笑った。
「できるところから、片付けていきましょう。ガーシュ。アキたちのところまで向かうメンバーを、選出しておいてくれませんか? 私と一緒に、行ってもらおうと思うんです」
気を取り直して、話を続ける。まずは、最大の難関たるアキたちの問題。
お願いします、と口に出しかけたショウは、なんともいえない、少々呆れの混じったガーシュの表情に言葉を止めた。本当に、あなたというひとは、と独り言とも取れる言葉が、ショウの目の前の男から漏れ出した。
「なんでもご自分が率先してなさるということは、私たちにもとても嬉しいことです。ですがね、ショウ。もう少しご自分の価値というものを認識してください。前回はあなたに道を譲りましたが、今度は退けません。あなたにはここにいていただきます。最深部に行くなんてもってのほかです。私にお任せください。あなたを危険に晒したくない」
背の高いガーシュは、小柄なショウの視線にあわせるように跪く。その視線には、少しは自分を信用してくれという色が見えて、ショウは頷くしかなかった。本当は自分が行って、アキたちに会いたかった。どうしてこんなことをしたのだと、聞きたかった。
行ってもいい。了承はしたけれども、とくぎはさしておく。
「……行くときは必ず、私に言ってからにしてください。準備が整って、人員もそろって、送り出すだけになったのなら、今度は私に見送らせてください。そして、アキたちに必ず会って、私たちの気持ちを伝えて――連れて戻ってください」
ショウが広場に赴くとき、彼らが抱いていた気持ちを、今度は自分が味わうことになる。どうか無事でいてくれてと、願わずにはいられない。
「承知しています、ショウ」
ガーシュはそう言って立ち上がる。それでは、と時代がかった一礼ののち、準備のために背中を向けて歩き去っていった。
「それでは、私たちは外界の確認のほうにまわりましょう。よろしいですね、ショウ」
消えていくガーシュのうしろ姿を見送ると、ユリアが少女を気遣うように声をかけた。
「ええ、そうしましょう、ユリア。ガーシュばかりに押し付けちゃだめですもんね。私たちのほかに、必要なメンバーは?」
「こちらで可能な限りは集めました。ただ、その他のエリアに協力を要請しなくてはならないかもしれませんので、一応あなたの指示を仰ごうかと。環境解析については植物エリアの方を、人体への影響についてはメディカル・センターの方の協力が必要かもしれません。ほかにも、地理的状況を理解することも必要です。それに、できればEgg Shellの構造を理解している機械調整エリアの力もあったほうが助かります」
かねてから準備していた必要事項を、ユリアは挙げていく。Egg Shellのすべての業務を、ショウがやる必要はない。こまごましたものはみんな、彼女の手を煩わせないように準備しておくのがいちばんいい。それでこそ、管理者は瑣末なことに時間をかけず、最適な判断を下し、行動することができるのだ。
「ありがとう、ユリア。では、そのとおりに協力を要請してください。ヒロたちにもお願いしましょう。――連絡は?」
「これからです。各エリア担当の場所は把握していますので、必要メンバーがそこにいればすぐにでも連絡をとることができます」
了承の意味でショウが頷くと、ユリアもまた指示を実行するためにショウのもとから去っていった。
「……ヒロがいない?」
必要とする人員がほぼ揃い、機材も揃ったその席で、ショウは訝しげな声をあげた。目の前にいるのは、ヒロの部下であるルークである。彼は、姿の見えないヒロに代わり、ここに現れたのだった。
「僕たちも探しているんです。あの、電力回復後にショウさんから電話があって、先輩が一度出て行ったことはご存知ですよね。それで、一回は先輩、戻ってきたんです。それで……」
果たして言っていいものだろうかと口篭もったルークの、言葉の先を促すと、彼はひどく言いにくそうに言葉を続けた。
「電力は一度回復しました。でも、それは完全じゃないことがわかったんです。僕たちが当初予測していた、エネルギーの総量からは明らかに少なかった。それで調べると……電力がどこかに流されていることがわかりました。戻ってきた先輩、それ聞いて――血相を変えてどこかへ行ってしまいました。連絡をとろうとしても、持っていった通信機のアドレスがわからないし……」
「電力が少ない? それは本当なの? どうしてそれをもっと早く言ってくれなかったの。もしかしたら、最深部にかかわることかもしれない」
とがめるようなショウの声に、すみません、と本当に申し訳なさそうにルークが縮こまる。ヒロがいなくなったことについてはなんの責任もないけれど、Egg Shellにかかわることであれば必ず、管理エリアに報告せねばならなかったはずなのだ。
のちのち、大きな事態に発展するかもしれなかったことなのに、その影響について、自分たちは全く考えていなかった。
「些細なことでも、報告をお願いね。いまは、どんな小さなものでも、情報が欲しいの。それにしても、おかしいわね。ヒロ、どこに行ったのかしら……。ユリア、ヒロのアドレスについて心当たりはない?」
普段であれば、緊急通信機についてはすべてのアドレスが把握されているはずだった。しかし、いまは緊急中の緊急だ。混乱しきっている間に、詳細がわからなくなっていた。メイン機であるショウの通信機のアドレスは広く知られていたけれど、それ以外はばら撒かれた砂のようにわからない。
「申し訳ありません。私のほうでも把握していないんです。本来リーダーに配られた通信機ならわかるのですが、どうやらそれ以外のものを持っていってしまったようなので……」
「そう……。それなら、仕方ないです。ルーク、ヒロの代理として協力をお願いできる? いまから別のメンバーを呼んでいる暇はないの。お願い」
アドレスを探して無駄な時間を費やす暇はない。ひっきりなしに響く通信機のコール音の中、ショウはルークに向き直った。
もとからそのつもりで現れたのだろう、自分たちの不手際を補うべく、ルークは真面目な顔で頷いた。
ショウもそんなルークを見て、人まず追究するのをやめた。電力関係のことは、まだそれほどせっぱ詰まってはいないかもしれない。ヒロが行動を起こしているのなら、彼に任せておいても大丈夫だろうと判断した。
いまEgg Shellの中でうごめく真実が、それに関わっていないことを祈りながら。
「じゃあ、はじめましょうか」
「はい。……はい。え? ショウ? わかりました!」
早速とばかりに外界確認手段についての説明をはじめたそのとき、背後で誰かがそう叫んだ。自分になにか用なのかと振り向いたショウは、慌てた顔をしたメンバーから、机に置き去りにしていた自分用の通信機を受け取る。耳を当てるととたんに、聞き覚えのある声が飛び込んできた。
「ショウ? ショウか? いいか、いまから言うことを良く聞け。逃げろ、いや……できるだけ、自分の身を守れ……! 間に合わなかった。卵が、崩壊する……!」
「ヒロ!?」
常ならぬ上擦ったヒロの声。それはあまりに現実感がなく、呆然としているショウを通り過ぎていく。ここが、崩壊する?
「ヒロ!? なに言ってるの、どうしたの、なにがあったの!? 答えて!」
わけのわからない不安に突き動かされるようにして、ショウは叫んだ。何事かと固唾を呑んで見守っていた、みなの視線がショウに集中する。
「ねえ、ヒロ……!?」
もういちど叫んだ、そのときだった。
ショウの足許その奥底から、まるでなにかが目覚めようとするかのように、ぐらり、とゆれた。静かに、しかし大きく、歪みがふくらんでゆく。すべての平衡感覚が失われていく気持ち悪さと、耳を塞ぎたくなるほどの不協和音がショウたちを襲った。それは、突然すぎる崩壊の音。
こちらに駆けてくる、真っ青な顔をしたユリアが見えた。彼女の亜麻色の髪が視界いっぱいに広がっていく。抱きつかれ、覆い被さられた感覚を最後に、ショウの意識はどこか遠いところへと連れ去られていった。
「さあさあ、それくらいでショウを解放して、そろそろ仕事に戻ろうか」
取り囲まれるショウを助けようと、苦笑を浮かべたガーシュが手を叩く。興奮さめやらぬ気持ちはあったが、その声をきっかけに、みな自らの持ち場に戻っていった。
最後に残ったのは、ようやく涙を抑えたユリアとガーシュ。
「お帰りなさい、ショウ。あなたの力を、みんな信じていました。……お疲れさまです。本当に。あなたが管理者であることを、誇りに思います。昔はどうなることかと恐ろしかったものですが、そう思った自分のことをいまでは恥じていますよ」
改まった口調でそう告げたガーシュは、少しおどけた調子で一礼してみせた。
「さて、ショウ。ほとんどの住民には、秩序を乱す意志はないと認識しても大丈夫ですね? そしてこれで、残すはアキたちの問題だけだ、と思っても構いませんね」
表情を引き締めたガーシュは、ショウに確認を促した。これで全てが解決ではないのだ。まだ、おおきな問題が残っている。これを片付けてしまわない限り、未来はない。Egg Shell中心部でいまだに閉じこもる、アキたちをどうにかしなければ。
「ええ。まだ納得しきれていない人たちはこれからも根気よく説得を続けていくだけですから、あとは、アキたちを連れ戻すだけです。とはいっても、これがいちばん難しいことなんですけど。リアリィたちから連絡は?」
なんらかの進展があってしかるべきだと期待したショウだったが、ユリアから返されたのは、首を振る否定の仕草だった。
「いいえ。彼女からは、まだなんの連絡も。やはり、こちらからもなんらかの手をうったほうが良いのではありませんか? このままただ無為に時間を過ごすことは、得策とはいえないでしょう。それに、外界確認のこともあります。行動を起こすなら、早いに越したことはありません」
リアリィのことを、信じていないわけではなかった。しかし、いまは彼女たちの行動を悠長に待っている暇など、無きに等しい。同時に進行している、『切り札』計画実行のこともある。
「そう、ですね……。――その後、『ジョーカー』の進行具合はどうですか? オリジナルのディスクの解析は、どこまで? 必要であれば、ヒロたちに協力を要請しますか?」
広場に納められていたディスクは、制限を解除した上で、いまこのエリアにあった。ヒロたちがコピーして持っていったもののオリジナルだ。ヒロたちは主に隠された通路方面のデータのみに限って解析を進めていたが、こちらではその後を含めた様々なことを考えて、解析を進めている。外界確認の方法について、生存可能かどうかの判断の根拠についてなど、その他いろいろのことだ。
アキたちのことが解決したからといって、それで全てが丸く収まるわけではないことを、いまの住民たちは知っている。卵は永遠ではない。いつかは、孵らなくてはならないのだ。アキたちの望んだ『解放』という孵化を回避しても、Egg Shellに永遠にとどまりつづけることはできない。
「解析はほぼ終了です。Egg Shellの構造も、ほぼ全てがわかりました。いまなら、私たちも最深部に行くことが可能です。――アキたちのもとへ」
「じゃあ、行き方がわかったんですね。それから、外界確認の方法についても?」
「ええ。そちらも解析済みです。確認しようと思えば、いつでも」
ありがとう、と目下のところの解析責任者であるユリアに伝えると、ショウは最善の方法のために考えをめぐらせ始めた。
この期に及んでもまだ、外の世界を確認することに恐怖を感じてしまう。どうしようもなく、心が揺れてしまう。もし、再生不可能なまでに外の世界が壊されてしまっていたら、今度はこの惑星にも別れを告げなくてはならないかもしれないのだ。果たして、そんな大それたことを、自分が率いてやっていけるものなのだろうか。
「……ショウ?」
黙りこんだ管理者の少女を見て、訝しげな表情をガーシュとユリアが向けた。視線を向けられ、はっと気づいたように面を上げたショウは、ほんの少しだけ気弱な表情を見せて言葉をこぼす。
「ちょっと、怖くなっちゃいました。もしかしたら、本当に宇宙に出ることになるかもしれないと思うと、私にできるんだろうかって」
「ショウ……」
誰より重い責任を持つこの少女は、それでも強くなった、とふたりは思う。逃げ出したりも、泣き出したりもせず、まっすぐ立っているのがその証拠だ。うつむくこともあるけれど、そんなときはみんなで彼女を支えればいい。いつでも、彼女に支えられている、その恩返しに。
「できますよ。あなたはひとりじゃありませんから」
「私たちがいます。みんながみんなを支えているから、困難も乗り越えられるんじゃないですか」
力づけるようにふたりが声を重ねると、ショウは瞳を瞬かせ、にっこりと笑った。
「できるところから、片付けていきましょう。ガーシュ。アキたちのところまで向かうメンバーを、選出しておいてくれませんか? 私と一緒に、行ってもらおうと思うんです」
気を取り直して、話を続ける。まずは、最大の難関たるアキたちの問題。
お願いします、と口に出しかけたショウは、なんともいえない、少々呆れの混じったガーシュの表情に言葉を止めた。本当に、あなたというひとは、と独り言とも取れる言葉が、ショウの目の前の男から漏れ出した。
「なんでもご自分が率先してなさるということは、私たちにもとても嬉しいことです。ですがね、ショウ。もう少しご自分の価値というものを認識してください。前回はあなたに道を譲りましたが、今度は退けません。あなたにはここにいていただきます。最深部に行くなんてもってのほかです。私にお任せください。あなたを危険に晒したくない」
背の高いガーシュは、小柄なショウの視線にあわせるように跪く。その視線には、少しは自分を信用してくれという色が見えて、ショウは頷くしかなかった。本当は自分が行って、アキたちに会いたかった。どうしてこんなことをしたのだと、聞きたかった。
行ってもいい。了承はしたけれども、とくぎはさしておく。
「……行くときは必ず、私に言ってからにしてください。準備が整って、人員もそろって、送り出すだけになったのなら、今度は私に見送らせてください。そして、アキたちに必ず会って、私たちの気持ちを伝えて――連れて戻ってください」
ショウが広場に赴くとき、彼らが抱いていた気持ちを、今度は自分が味わうことになる。どうか無事でいてくれてと、願わずにはいられない。
「承知しています、ショウ」
ガーシュはそう言って立ち上がる。それでは、と時代がかった一礼ののち、準備のために背中を向けて歩き去っていった。
「それでは、私たちは外界の確認のほうにまわりましょう。よろしいですね、ショウ」
消えていくガーシュのうしろ姿を見送ると、ユリアが少女を気遣うように声をかけた。
「ええ、そうしましょう、ユリア。ガーシュばかりに押し付けちゃだめですもんね。私たちのほかに、必要なメンバーは?」
「こちらで可能な限りは集めました。ただ、その他のエリアに協力を要請しなくてはならないかもしれませんので、一応あなたの指示を仰ごうかと。環境解析については植物エリアの方を、人体への影響についてはメディカル・センターの方の協力が必要かもしれません。ほかにも、地理的状況を理解することも必要です。それに、できればEgg Shellの構造を理解している機械調整エリアの力もあったほうが助かります」
かねてから準備していた必要事項を、ユリアは挙げていく。Egg Shellのすべての業務を、ショウがやる必要はない。こまごましたものはみんな、彼女の手を煩わせないように準備しておくのがいちばんいい。それでこそ、管理者は瑣末なことに時間をかけず、最適な判断を下し、行動することができるのだ。
「ありがとう、ユリア。では、そのとおりに協力を要請してください。ヒロたちにもお願いしましょう。――連絡は?」
「これからです。各エリア担当の場所は把握していますので、必要メンバーがそこにいればすぐにでも連絡をとることができます」
了承の意味でショウが頷くと、ユリアもまた指示を実行するためにショウのもとから去っていった。
「……ヒロがいない?」
必要とする人員がほぼ揃い、機材も揃ったその席で、ショウは訝しげな声をあげた。目の前にいるのは、ヒロの部下であるルークである。彼は、姿の見えないヒロに代わり、ここに現れたのだった。
「僕たちも探しているんです。あの、電力回復後にショウさんから電話があって、先輩が一度出て行ったことはご存知ですよね。それで、一回は先輩、戻ってきたんです。それで……」
果たして言っていいものだろうかと口篭もったルークの、言葉の先を促すと、彼はひどく言いにくそうに言葉を続けた。
「電力は一度回復しました。でも、それは完全じゃないことがわかったんです。僕たちが当初予測していた、エネルギーの総量からは明らかに少なかった。それで調べると……電力がどこかに流されていることがわかりました。戻ってきた先輩、それ聞いて――血相を変えてどこかへ行ってしまいました。連絡をとろうとしても、持っていった通信機のアドレスがわからないし……」
「電力が少ない? それは本当なの? どうしてそれをもっと早く言ってくれなかったの。もしかしたら、最深部にかかわることかもしれない」
とがめるようなショウの声に、すみません、と本当に申し訳なさそうにルークが縮こまる。ヒロがいなくなったことについてはなんの責任もないけれど、Egg Shellにかかわることであれば必ず、管理エリアに報告せねばならなかったはずなのだ。
のちのち、大きな事態に発展するかもしれなかったことなのに、その影響について、自分たちは全く考えていなかった。
「些細なことでも、報告をお願いね。いまは、どんな小さなものでも、情報が欲しいの。それにしても、おかしいわね。ヒロ、どこに行ったのかしら……。ユリア、ヒロのアドレスについて心当たりはない?」
普段であれば、緊急通信機についてはすべてのアドレスが把握されているはずだった。しかし、いまは緊急中の緊急だ。混乱しきっている間に、詳細がわからなくなっていた。メイン機であるショウの通信機のアドレスは広く知られていたけれど、それ以外はばら撒かれた砂のようにわからない。
「申し訳ありません。私のほうでも把握していないんです。本来リーダーに配られた通信機ならわかるのですが、どうやらそれ以外のものを持っていってしまったようなので……」
「そう……。それなら、仕方ないです。ルーク、ヒロの代理として協力をお願いできる? いまから別のメンバーを呼んでいる暇はないの。お願い」
アドレスを探して無駄な時間を費やす暇はない。ひっきりなしに響く通信機のコール音の中、ショウはルークに向き直った。
もとからそのつもりで現れたのだろう、自分たちの不手際を補うべく、ルークは真面目な顔で頷いた。
ショウもそんなルークを見て、人まず追究するのをやめた。電力関係のことは、まだそれほどせっぱ詰まってはいないかもしれない。ヒロが行動を起こしているのなら、彼に任せておいても大丈夫だろうと判断した。
いまEgg Shellの中でうごめく真実が、それに関わっていないことを祈りながら。
「じゃあ、はじめましょうか」
「はい。……はい。え? ショウ? わかりました!」
早速とばかりに外界確認手段についての説明をはじめたそのとき、背後で誰かがそう叫んだ。自分になにか用なのかと振り向いたショウは、慌てた顔をしたメンバーから、机に置き去りにしていた自分用の通信機を受け取る。耳を当てるととたんに、聞き覚えのある声が飛び込んできた。
「ショウ? ショウか? いいか、いまから言うことを良く聞け。逃げろ、いや……できるだけ、自分の身を守れ……! 間に合わなかった。卵が、崩壊する……!」
「ヒロ!?」
常ならぬ上擦ったヒロの声。それはあまりに現実感がなく、呆然としているショウを通り過ぎていく。ここが、崩壊する?
「ヒロ!? なに言ってるの、どうしたの、なにがあったの!? 答えて!」
わけのわからない不安に突き動かされるようにして、ショウは叫んだ。何事かと固唾を呑んで見守っていた、みなの視線がショウに集中する。
「ねえ、ヒロ……!?」
もういちど叫んだ、そのときだった。
ショウの足許その奥底から、まるでなにかが目覚めようとするかのように、ぐらり、とゆれた。静かに、しかし大きく、歪みがふくらんでゆく。すべての平衡感覚が失われていく気持ち悪さと、耳を塞ぎたくなるほどの不協和音がショウたちを襲った。それは、突然すぎる崩壊の音。
こちらに駆けてくる、真っ青な顔をしたユリアが見えた。彼女の亜麻色の髪が視界いっぱいに広がっていく。抱きつかれ、覆い被さられた感覚を最後に、ショウの意識はどこか遠いところへと連れ去られていった。