3.
とおく、住民たちの叫び声が聞こえる。口々に自由を求めている。まるで熱に浮かされているようなそれは、瞬く間に卵を覆っていった。
ショウは暗がりの中、必死になってこれからのことを考えていた。なにしろ、いまの自分には、Egg Shellをまとめる責任がある。ぼんやりとはしていられない。まずなにより、この混乱を一刻も早く静めなくてはならない。混乱は恐怖を呼び、恐怖はいずれ破滅をもたらす。それだけは、絶対に避けたい。
混乱を収めるためには、いまはまずこの闇から開放されることが必要だ。互いの顔さえ見えない状況では、誰がなんと言おうと、冷静になって話を聞く人がいるはずもない。
「ヒロ! 一刻も早くEgg Shellの電力回復を。全域が無理なら、せめて居住区域内だけでも、お願い」
謎の衝撃と爆発音のせいでその場から立ち去らず、自分のそばにいてくれたヒロに、ショウはそう声をかけた。
「とにかく急いで。さっきの揺れと音がなにかの爆発だったら、ものすごく危険だと思うの。でも、いまはヒロしか頼める人がいないから」
なにが起ころうと、もとよりそのつもりだったヒロは、不謹慎なほどの明るい顔で頷く。
「とりあえず応急処置として非常用電源に切り替えないとな。原因究明はあとからやるとして、電力回復だけはなんとかする。他の奴と会ったら、そいつにも手伝わせるさ。もし一緒になって騒いでたら、引きずり出してでも、な。任せとけ」
そういってきびすを返す。暗闇の中に、ヒロの背はあっという間に呑み込まれていった。
ヒロの消えた方向をしばらく見つめた後、ショウはぱん、と両手で自分の頬をはたいた。自分も、できる限りのことをやらなくてはいけない。
それまで、恐る恐るといった様子でショウの背後にいた、各エリアリーダーのほうに向き直る。
「皆さんにもお願いします。各担当エリアに戻り、秩序の回復に努めてください。必要だったら、知っていることを話してもかまいません。けれど、正確な情報でお願いします。これ以上の混乱を呼ぶ必要はありません。電力が回復するまでは、それも大変だと思いますが、どうぞ力を貸してください」
そういって頭を下げる。リーダーたちの戸惑いのざわめきが聞こえた。顔を見合わせて、不安げな表情を隠せないでいる。無理もない、とショウは思った。それでも、ここで彼らの力を借りなければ、この混乱を収めることは難しいだろう。
頭を下げたショウの背後から、そのとき幾人かの人間が大きな箱を抱えて現れた。見覚えのある面々に、ショウは訝しげな顔をする。管理エリアのメンバー、エリアに待機を命じた者たちだ。
「暗い中では歩くこともままなりません。どうぞこれを使ってください」
そう言うと、箱の中身を抱えて、リーダーたちの間を駆け回る。それぞれの手に渡されたものを見て、ショウは納得したような顔をした。懐中電灯だ。
闇の中、あちらこちらで強い光が現れる。
「ショウさんも、どうぞ」
機転の利くメンバーの行動に感謝して、ショウは明かりを受け取った。
「まずなにより、みんなを落ち着かせてください。その後についてはなるべく早くに対処します。変な行動を起こそうとする人がいたら、なにがなんでも止めてください。こんなところで怪我をしたり命を落としたりする人を出さないでください。それから、管理エリアへの連絡は欠かさないで」
ショウのその言葉とともに、各エリアリーダーたちは各々の属する場所へと散っていった。
「懐中電灯、ありがとう。おかげで助かりました」
リーダーたちの姿が消えてしまった後、ショウは駆けつけてくれた管理エリアのメンバーに礼を言った。こういう、いたるところでいろいろな配慮をしてくれるメンバーがいるからこそ、どんなに厳しいことが起こっても乗り越えてゆけるのだと思う。
「いえ、当然のことをしたまでです。それよりショウさん、いちど管理エリアに戻ってきてくれませんか」
なぜだかひどく驚き顔を赤くした、ショウより少し下だろうメンバーは、そう言ってショウを促した。
「ええ、私もいちど戻らなくてはと思っていたから。ありがとう。あちらはどう?」
「はい。残っているメンバーで、すでに状況の把握を進めています」
その言葉に頼もしさを感じつつ、ショウは少年たちの後に続いた。
管理エリアについたショウがまず驚いたのは、その明るさだった。Egg Shellのほかの区画はいまだに闇の中なのに、そこだけはいつものように明るい。ここだけあの混乱が免れたとは思えないのに。
驚きに立ちつくすショウを、待機していたメンバーが見つけて駆け寄ってくる。
「お帰りなさい、ショウ。待っていました」
メンバーたちの表情には、わずかな戸惑いが見られたが、他の住人たちのような不安や恐怖、ましてや混乱などはない。ショウが思い切って真実を告げたあのときから、彼らはどこか吹っ切れているようだった。
「それより、どうしてここには明かりがついているの? ここも電力停止を逃れられなかったでしょう」
「はい、ここもいちどは停止に見舞われました。けれど、一応ここはEgg Shellの中心、管理エリアですから、なにかあったときは緊急用電源に切り替えられます。それで大丈夫だったんです」
作業中のデータも、一部は消えましたが大部分は大丈夫です、とメンバーはショウの問いに答える。
「ありがとう。本当に助かります。皆さんがいてくれてよかった」
少しだけ余裕の戻ったショウは、わずかな笑みを浮かべると、すぐに真剣な表情に戻る。
「現時点で、把握している状況を報告してください」
ショウの声が発せられると同時に、メンバーの表情も一変する。切れるほどに真剣さを秘めた眼差しが、ショウに集中した。
「現在、この管理エリアを除くEgg Shell全域で、電力供給が停止しています。ただし換気等、生命維持に必要な機器には支障ありません。これは万が一のため、生命維持機器に関してはEgg Shellの通常とは異なる電気系統を使用しているからだと思われます。そこまで被害が及んでいない、という証明にもなるでしょう」
「それで、ガーシュ、原因はわからないんですか? それに、誰がいったい」
はじめに報告したメンバー――ショウに一番に跪いた男――のほうを向き、ショウはさらに質問を重ねた。ガーシュは一瞬沈黙したあと、決心したように口を開く。
「いまのところ、詳細は不明です。しかし、Egg Shell全域の電力停止などそうそう実行できる者はいません。よほどここに詳しい者でなければ――そう、すべてを知り尽くしてでもいなければ」
考えられるのはただひとり。アキしかいない。
ガーシュが皆まで言わずとも、メンバーはすべてを察した。
彼ならば、プログラムを自分の手足のように操り、Egg Shellを思い通りに動かすことも可能だ。
「現在、機械調整エリアのリーダーに、電力供給回復の要請をしています。彼に、考えられる可能性をすべて伝えてください。なにかの助けになるかもしれない」
了解、という声とともに、メンバーのひとりが走り出す。
「電力停止ののち、続いて起こった爆発音ですが」
ガーシュの隣にいた女性が前に進み出る。まっすぐな亜麻色の髪はいつも通りだったが、寝不足だろうか、彼女の目が少し赤い。あたりを見回して、皆の姿もそう変わりないことに気づいた。寝る間も惜しんで、いまを掴もうと必死になっているのだ。
「ユリア、あれは本当に爆発なんですか?」
ここは外界から中のものを守るために作られたシェルターだ。だから、中から壊れることのないように、爆発物などの危険なものは、厳重に保管されているはずだ。そうそうこのシェルター内で爆発させることなどできない。
「はい。発生地は記念碑広場。現在、住民を扇動している一部の者の行動かと思われます。理由は不明。爆発音により動揺する住民が多く、それが混乱を広げている要因のひとつと考えられます。記念碑広場を中心として、彼らは『ここを出る』という要求を訴えて声を上げていますが、こちらの管理エリアまで侵入してくる者はごく少数。突然の混乱であるはずなのに、どこか統制がとれているのが奇妙といえば奇妙です。念のため、暴動が起こるのを防ぐ目的で、管理エリアメンバーを幾人か秩序回復にあたらせています」
表情ひとつ変えない冷静なユリアは、そう一息に言って頭を下げた。
「ありがとう。各エリアリーダーに秩序の回復を要請していますが、それだけではどうしても足りないところもありますから。リアリィから、彼らの目的が『自分から出て行くこと』にあるかもしれない、と聞いています。憶測は危険ですが、それも考えの内に入れて適切な対処をお願いします」
それから、と一息吐いてショウはメンバーを見渡した。
「それから、交代で仮眠をとってください。皆さん、結局今日は寝ていないのでしょう? 疲れていたのでは正確な判断もできません。よろしくお願いします。あとの皆さんは、各エリアリーダと連絡を取るための機器の手配と、引き続き現状の把握をお願いします」
居合わせたメンバーが、ショウ、あなたはどうなんですか、という問いを発する前に、小柄な少女はエリアの自分の机に駆けていく。
苦笑を隠せずに、皆その後ろに続いた。
とおく、住民たちの叫び声が聞こえる。口々に自由を求めている。まるで熱に浮かされているようなそれは、瞬く間に卵を覆っていった。
ショウは暗がりの中、必死になってこれからのことを考えていた。なにしろ、いまの自分には、Egg Shellをまとめる責任がある。ぼんやりとはしていられない。まずなにより、この混乱を一刻も早く静めなくてはならない。混乱は恐怖を呼び、恐怖はいずれ破滅をもたらす。それだけは、絶対に避けたい。
混乱を収めるためには、いまはまずこの闇から開放されることが必要だ。互いの顔さえ見えない状況では、誰がなんと言おうと、冷静になって話を聞く人がいるはずもない。
「ヒロ! 一刻も早くEgg Shellの電力回復を。全域が無理なら、せめて居住区域内だけでも、お願い」
謎の衝撃と爆発音のせいでその場から立ち去らず、自分のそばにいてくれたヒロに、ショウはそう声をかけた。
「とにかく急いで。さっきの揺れと音がなにかの爆発だったら、ものすごく危険だと思うの。でも、いまはヒロしか頼める人がいないから」
なにが起ころうと、もとよりそのつもりだったヒロは、不謹慎なほどの明るい顔で頷く。
「とりあえず応急処置として非常用電源に切り替えないとな。原因究明はあとからやるとして、電力回復だけはなんとかする。他の奴と会ったら、そいつにも手伝わせるさ。もし一緒になって騒いでたら、引きずり出してでも、な。任せとけ」
そういってきびすを返す。暗闇の中に、ヒロの背はあっという間に呑み込まれていった。
ヒロの消えた方向をしばらく見つめた後、ショウはぱん、と両手で自分の頬をはたいた。自分も、できる限りのことをやらなくてはいけない。
それまで、恐る恐るといった様子でショウの背後にいた、各エリアリーダーのほうに向き直る。
「皆さんにもお願いします。各担当エリアに戻り、秩序の回復に努めてください。必要だったら、知っていることを話してもかまいません。けれど、正確な情報でお願いします。これ以上の混乱を呼ぶ必要はありません。電力が回復するまでは、それも大変だと思いますが、どうぞ力を貸してください」
そういって頭を下げる。リーダーたちの戸惑いのざわめきが聞こえた。顔を見合わせて、不安げな表情を隠せないでいる。無理もない、とショウは思った。それでも、ここで彼らの力を借りなければ、この混乱を収めることは難しいだろう。
頭を下げたショウの背後から、そのとき幾人かの人間が大きな箱を抱えて現れた。見覚えのある面々に、ショウは訝しげな顔をする。管理エリアのメンバー、エリアに待機を命じた者たちだ。
「暗い中では歩くこともままなりません。どうぞこれを使ってください」
そう言うと、箱の中身を抱えて、リーダーたちの間を駆け回る。それぞれの手に渡されたものを見て、ショウは納得したような顔をした。懐中電灯だ。
闇の中、あちらこちらで強い光が現れる。
「ショウさんも、どうぞ」
機転の利くメンバーの行動に感謝して、ショウは明かりを受け取った。
「まずなにより、みんなを落ち着かせてください。その後についてはなるべく早くに対処します。変な行動を起こそうとする人がいたら、なにがなんでも止めてください。こんなところで怪我をしたり命を落としたりする人を出さないでください。それから、管理エリアへの連絡は欠かさないで」
ショウのその言葉とともに、各エリアリーダーたちは各々の属する場所へと散っていった。
「懐中電灯、ありがとう。おかげで助かりました」
リーダーたちの姿が消えてしまった後、ショウは駆けつけてくれた管理エリアのメンバーに礼を言った。こういう、いたるところでいろいろな配慮をしてくれるメンバーがいるからこそ、どんなに厳しいことが起こっても乗り越えてゆけるのだと思う。
「いえ、当然のことをしたまでです。それよりショウさん、いちど管理エリアに戻ってきてくれませんか」
なぜだかひどく驚き顔を赤くした、ショウより少し下だろうメンバーは、そう言ってショウを促した。
「ええ、私もいちど戻らなくてはと思っていたから。ありがとう。あちらはどう?」
「はい。残っているメンバーで、すでに状況の把握を進めています」
その言葉に頼もしさを感じつつ、ショウは少年たちの後に続いた。
管理エリアについたショウがまず驚いたのは、その明るさだった。Egg Shellのほかの区画はいまだに闇の中なのに、そこだけはいつものように明るい。ここだけあの混乱が免れたとは思えないのに。
驚きに立ちつくすショウを、待機していたメンバーが見つけて駆け寄ってくる。
「お帰りなさい、ショウ。待っていました」
メンバーたちの表情には、わずかな戸惑いが見られたが、他の住人たちのような不安や恐怖、ましてや混乱などはない。ショウが思い切って真実を告げたあのときから、彼らはどこか吹っ切れているようだった。
「それより、どうしてここには明かりがついているの? ここも電力停止を逃れられなかったでしょう」
「はい、ここもいちどは停止に見舞われました。けれど、一応ここはEgg Shellの中心、管理エリアですから、なにかあったときは緊急用電源に切り替えられます。それで大丈夫だったんです」
作業中のデータも、一部は消えましたが大部分は大丈夫です、とメンバーはショウの問いに答える。
「ありがとう。本当に助かります。皆さんがいてくれてよかった」
少しだけ余裕の戻ったショウは、わずかな笑みを浮かべると、すぐに真剣な表情に戻る。
「現時点で、把握している状況を報告してください」
ショウの声が発せられると同時に、メンバーの表情も一変する。切れるほどに真剣さを秘めた眼差しが、ショウに集中した。
「現在、この管理エリアを除くEgg Shell全域で、電力供給が停止しています。ただし換気等、生命維持に必要な機器には支障ありません。これは万が一のため、生命維持機器に関してはEgg Shellの通常とは異なる電気系統を使用しているからだと思われます。そこまで被害が及んでいない、という証明にもなるでしょう」
「それで、ガーシュ、原因はわからないんですか? それに、誰がいったい」
はじめに報告したメンバー――ショウに一番に跪いた男――のほうを向き、ショウはさらに質問を重ねた。ガーシュは一瞬沈黙したあと、決心したように口を開く。
「いまのところ、詳細は不明です。しかし、Egg Shell全域の電力停止などそうそう実行できる者はいません。よほどここに詳しい者でなければ――そう、すべてを知り尽くしてでもいなければ」
考えられるのはただひとり。アキしかいない。
ガーシュが皆まで言わずとも、メンバーはすべてを察した。
彼ならば、プログラムを自分の手足のように操り、Egg Shellを思い通りに動かすことも可能だ。
「現在、機械調整エリアのリーダーに、電力供給回復の要請をしています。彼に、考えられる可能性をすべて伝えてください。なにかの助けになるかもしれない」
了解、という声とともに、メンバーのひとりが走り出す。
「電力停止ののち、続いて起こった爆発音ですが」
ガーシュの隣にいた女性が前に進み出る。まっすぐな亜麻色の髪はいつも通りだったが、寝不足だろうか、彼女の目が少し赤い。あたりを見回して、皆の姿もそう変わりないことに気づいた。寝る間も惜しんで、いまを掴もうと必死になっているのだ。
「ユリア、あれは本当に爆発なんですか?」
ここは外界から中のものを守るために作られたシェルターだ。だから、中から壊れることのないように、爆発物などの危険なものは、厳重に保管されているはずだ。そうそうこのシェルター内で爆発させることなどできない。
「はい。発生地は記念碑広場。現在、住民を扇動している一部の者の行動かと思われます。理由は不明。爆発音により動揺する住民が多く、それが混乱を広げている要因のひとつと考えられます。記念碑広場を中心として、彼らは『ここを出る』という要求を訴えて声を上げていますが、こちらの管理エリアまで侵入してくる者はごく少数。突然の混乱であるはずなのに、どこか統制がとれているのが奇妙といえば奇妙です。念のため、暴動が起こるのを防ぐ目的で、管理エリアメンバーを幾人か秩序回復にあたらせています」
表情ひとつ変えない冷静なユリアは、そう一息に言って頭を下げた。
「ありがとう。各エリアリーダーに秩序の回復を要請していますが、それだけではどうしても足りないところもありますから。リアリィから、彼らの目的が『自分から出て行くこと』にあるかもしれない、と聞いています。憶測は危険ですが、それも考えの内に入れて適切な対処をお願いします」
それから、と一息吐いてショウはメンバーを見渡した。
「それから、交代で仮眠をとってください。皆さん、結局今日は寝ていないのでしょう? 疲れていたのでは正確な判断もできません。よろしくお願いします。あとの皆さんは、各エリアリーダと連絡を取るための機器の手配と、引き続き現状の把握をお願いします」
居合わせたメンバーが、ショウ、あなたはどうなんですか、という問いを発する前に、小柄な少女はエリアの自分の机に駆けていく。
苦笑を隠せずに、皆その後ろに続いた。