File.8「夢幻の少女」


 物陰からデルディスと少女を囲むようにして現れた者たちは皆、容姿は違うが同じ雰囲気を身にまとっていた。
「ジールヴェか」
 エディと出会ってからの、もうほとんど習慣といってもいいほどの襲撃だ。そう思い、剣に手を伸ばす。少女を守るように懐に抱く。
「少し我慢してろよ、すぐに済む」
 言い終わらないうちに、無機質の目をした愛し子は、短剣を持ち飛びかかってきた。それを紙一重でかわし、剣を抜く。こんな状況であるというのに、デルディスの顔には笑みが浮かんだ。
「ひとりだと思ってなめるなよ。……かかって来な」
 少女を抱いたまま、正面を見据えて。
 

 デルディスひとりに対するとは思えないほど、襲撃者の数は多かった。自分ひとりでこの数なら、エディたちの方はもっとだろうと内心焦りがうまれる。街中での襲撃だ、自分たちだけの被害では済まない。
 剣で、襲ってくる者たちを牽制しながら、逃げ道を探す。どこか、視界の開けた場所へと向かわなければ……そう思い、視線をさまよわせる。抱えた少女が腕に重い。
「ちょっと威勢が良すぎたか……?」
 先ほどの自分の言葉を少々後悔しながら、梯子を使って屋根に登った。襲撃者たちもそれに続く。屋根に落ち着いたとたん、短剣とかまいたちが飛んできた。
「うわ……っ! ちょっと待て、魔法使えないんじゃなかったのか!?」
 我ながら間抜けなことを言っているとは思うが、エディから聞いた話によれば、『まともな訓練なんて受けてないに等しいから、暗殺家業に就いてるジールヴェはよっぽどじゃない限り魔法なんて使えないよ』ということらしいのだ。だからこそ少しは安心できていたというのに。
 背中を、冷汗が流れる。これは、少しまずいかもしれない。
 ぎゅっ、と少女を抱こうとすると、ふっと腕が軽いことに気づく。焦りは極限にまで達した。少女がいない。
「おい! どこだ!?」
 あたりを見回す。自分の間抜けさをまた呪いながら。その間にも、ジールヴェは容赦なく、命を奪おうと襲ってくる。懐に潜り込もうとする彼らを一刀のもとに切り捨てながら、駆けた。
 ゆらりと薄い気配の中、少女は囲まれていた。今にも、命を奪われそうな雰囲気。心細げに少女がデルディスを見た。
「待て!」
 障害物を切り払い、凄まじい勢いで少女のもとへと走り寄る。ジールヴェの刃が届くのと、デルディスが少女を抱き込むのが、ほぼ同時だった。
「うあ……っ!」
 灼熱感にも似た衝撃が背中に走る。少女の目が大きく見開かれた。
 

『い……や……! 』
 声にならない声が、辺りに響く。それと同時に。
 強烈な白い光が、デルディスと少女を中心に広がった。
 

「何、あれ……」
 広場で集まった金を数えていたエディたち三人は、街中上空でうまれた光に目を奪われる。普通に生活していれば、まずお目にかからないほどの力の発現。立ち上がったエディがその方向に体を向けた。
「……何かあったのかな? 行ってみる?」
 広場に集まっていた住人たちも、その方向へと駆けていくものが多い。やはりどうしても気になるものらしい。
 うきうきと飛び回っていた――はじめは渋々演技をしていたが、あまりに声をかけられるため、上機嫌になった――ティアフラムが、興味がなさそうにファーの肩にとまる。
「えー。いいわ、あたしは。どーしても気になるんだったらあんたひとりで見てくればいいじゃない」
 やはりとげのある言葉に、エディは思わず言い返そうと口を開きかける……が、相手しても仕方ないことに気づき、渋々引き下がる。ふたたび座り込んで、ナイフ投げに使った短剣を、懐の隠しに黙々としまいはじめた。
「でも、珍しいわね。魔法の暴発かしら? それにしては、屋根の上なんていう場所ですけど」
 舞台衣装をしまいつつ、未だ周りに残っていた男たちに微笑みを向けて、ファーがそう評した。周りの状況には似つかわしくないほどの、のんびりとした雰囲気。のんびり座り込む一行に、光の方向へと向かう野次馬たちが好奇の視線を向けている。
「ねえ、何がありましたの?」
 光の方向から駆けてきた野次馬らしい男に、ファーが声をかける。男は、一瞬ファーに目を奪われたあと、それどころじゃないと慌てた様子で首を振った。
「この先の民家の集落で、誰かが襲われたらしい。何でも、焦げ茶色の髪と黄色の肩衣の剣士とまだ幼い少女だそうだ。男の方が怪我しているらしくて」
 治療師を呼んでこなくてはと男は、広場を駆け抜けていった。
「焦げ茶の髪と黄色の肩衣?」
 聞いたエディが首を傾げる。それはまさに、自分たちの連れのことではないのかと、まず思い浮かんだのだ。けれど。
「でも、幼い少女って……? 私たちにそんな連れはいませんでしたし、デルからもそんな話……」
 考え込むようにファー。共に旅して長いが、そんな話はまったく聞いたことがない。
「隠し子とかじゃないの?」
 ぼそりと呟いたティアフラムに、ふたりの視線が集まる。
 まさか。
 

「運び込まれたひとが此処にいると聞いたんですけど」
 そぅっと扉の隙間から顔をのぞかせる。野次馬から聞き出したところによると、このまちはずれの治療師のもとへと怪我した人物が運ばれたということだった。
 そのまま、部屋の中を見わたす。大きな寝台に寝かされている人物を見るなり、三人は挨拶もそこそこに部屋に転がり込む。
「やっぱりデルだ! 何でこんな所にっ」
「まあまあ、デル、あなたにしては珍しい」
「やっぱり歳のせいじゃないの?」
 口々に声をかける仲間に、デルディスは憮然としてそっぽを向いた。横からふふふと笑う声がする。
「あんたらがお仲間かい? もう少し優しくしてやっとくれ」
 道具を片づけながら、この家の主、治療師の老婆が振り向いた。ふわふわ浮かぶティアフラムの姿を見ると大仰に驚いてみせ、ようこそ炎の姫君、と優雅に一礼もする。
 

「いったいさ、これってどういうこと?」
 エディの疑問も至極当然のことで。問いかけられたデルディスは一部始終を皆に話さなくてはならなくなる。
 少女と街中で出会ったこと、そして襲撃を受けたこと。
 襲われる少女をかばおうとして背中に傷を受け、そののち、少女から光がうまれ――襲撃者は跡形もなく消え去ってしまったことも。
 デルディスはデルディスで、エディたちが襲撃を受けていないのを不思議に思っていた。自分が襲われたのだから、当然彼らも襲われていただろうと思い、焦っていただけに何故自分が、と面白くない。
「本当に、お前たちに何もなかったのか? てっきり、俺はお前たちの所にも来ているものとばっかり思ってたんだが」
「いいえ? 私たちの方はいたって平和。滞りなく路銀も稼げましたわ」
 不思議そうにファーが答える。その視線が、デルディスの傍らに離れずにいる少女の方へと向かった。目がきらりと好奇心の色に光る。
「……それで、その子がその、光をうみだした少女ですのね? ねえ、この子って隠し子? ……お父さまに似なくて可愛いこと」
 くす、と笑いを漏らし、意味深げな視線をデルディスへと向ける。
「ほんとだ、子ども。……まさかデルディスが。……にしても、この子の雰囲気って」
「ほーら、あたしの言った通りじゃない!」
 何故か頭を抱えるエディと胸を張るティアフラムの声がそれに続く。
「お前ら……ひとの話聞いてたのか? 隠し子だって? そんな訳あるかっ! 俺は潔白だっ!」
 先ほどからの光景に、おびえたように少女が老婆の陰に隠れた。
 

「だから、俺が、街を歩いていたらいきなり肩衣を掴まれて、それからすぐに襲われて……っていう状況だったにすぎないんだよ。この子は誓って俺の子じゃない!」
 きっぱり言い切るデルディスに、まだ疑いの眼差しを向けながら、ファーは少女に目線をあわせようとしゃがみ込む。
「だとしたら……この子は何処の子? あの光をうみだしたのがこの子だっていうのなら、ますます気になりますわ。ねえ、あなた。お名前は?」
 にっこりと瞳をのぞき込み、少女に尋ねてみる。だが、少し大きい瞳はぼんやりとすべてを吸い込むように反応がない。
「……やだこの子。怖い……。こころがないみたい」
 赤くきつい瞳でじっと少女を見つめるティアフラム。すると、少女の瞳に、かすかにおびえの色が混じる。見かねた老婆が救いの手を少女にさしのべた。
「これこれ炎の姫君。余りいじめないでやってくださいな。この子は多分、親を失ったジールヴェなのだろうからね」
 しわのある手で少女のふわふわの髪をなでる。こちらに来て、湯浴みでもさせられたのだろう、こざっぱりと綺麗になった少女。髪の間からのぞくのは、ひととは違う証の耳の形。
「それにしても嬉しいねえ、同族に、ふたりも会えるなんてね」
 老婆はそういってまた微笑んだ。その老婆の耳も目も、同じように愛し子の証があった。
 ジールヴェ、の言葉にエディが反応する。先ほどから、どうも妙な感覚がしていたのは、この少女がジールヴェであるせいなのだろうか。少女のそばに跪いて、おずおずと髪をなでた。
「あれ……?」
 革の手袋を通しても、何故か少女の首筋が引っかかる。
「ごめんね、ちょっと見せてね」
 一言断って、髪を上げる……と。
 エディの動きが止まる。
「まあ……なんて、可哀想」
 幼子の柔らかい首筋に刻みつけられていたのは、刃と炎が重なる、忌まわしい印。
 エディの背中に刻まれているのと同じ、闇の証……。
「……何故こんなところに……この、印が……」

 

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