Double
風がみちびくその先に、すべてが待っている―
File.5「愛し子《ジールヴェ》」 「今日はここで、ひとまず落ち着こうか」 襲撃をうけ、その後青い顔で駆けつけたメルディースにこっぴどく叱られながら、追っ手をくらますための結界をはってもらい。 辺りがすっかり暮れたその日の夜、ようやく港町へ着いた。 しつこく襲われたわけを尋ねるティアフラムとは反対に、聞かれる側のエディは一言も話さないままで、声がする度に顔が険しくなってゆく。見かねたファーが必死になってティアフラムの気を紛らわそうとしていた。他のふたりも、何かと理由をつけ、少女と青年を引き離す。まだ治りきらないこころの傷に、わざと血を流させるような真似をしたくなかったのだ。 通りに面した大きな宿に、エディとデルディス、ファーでふた部屋とり、ひとまず落ち着くと。宿代を浮かす為だと説得した不法侵入組、メルディースとティアフラムを呼び寄せる。 「まったく、毎回毎回窓からで、まともに宿にやっかいになったことがないんですからね、私は。一度くらい正々堂々と玄関から入ってみたいものですよ」 「あたしだってこんな犯罪者みたいなの、ごめんなんだから!」 その気になれば姿を消すことができ、何処へでも姿を現すことのできる精霊族ふたりは、そう文句を言う。 「まあまあ、見つかりそうになったら消えればいいんだし、問題なしだ」 「宿代結構高いんだぞ。いったい誰が出すんだよ。余計な部屋とってる余裕はないんだからな!」 からりと笑うデルディスと、まだ不機嫌そうなエディ。 ティアフラムはそのエディの正面に仁王立ちになり、 「さあ! もうだんまりは通用しないんだからねっ! きっちり話してもらうわよっ! 自分のことを話すのは、召喚士として当然のことでしょっ」 指を突きつけた。 エディは一瞬、目の前の彼女を鋭くにらむと、諦めたのか、大きくため息をつく。 「……しょうがないな」 「従弟殿……」 気遣うようにメルディースが言う。 「いいんだ。これからずっとぎゃあぎゃあいわれるより、はるかにましだよ」 どことなく毒を含んだその物言いに、ぴくん、とティアフラムが反応する。 「あんたが正直に話せばあたしだってこんなに叫ばなくってすむのよっ」 「ほらまた」 「いいからさっさと話しなさいっ」 「わかったよ」 もうひとつ今度もゆっくりと息を吐いて。 「ティー、君は僕たち……ジールヴェのこと、どれだけ知っている? 君の近くに、同じようなジールヴェは居た?」 エディは夜闇に深くきらめく、ひととも精霊とも違うまなざしを、炎の少女に向けた。 「昔はいたわ。本当に本当に昔。昔過ぎて覚えていないくらい。最近は人間と親しくできる精霊も少なくなってきていたから。ジールヴェは哀れな愛し子だから、大切にしなさいっていわれたことはあるわね。何故なのかは話してくれなかったけれど。あたしの知っているのは、それくらい」 故郷のことを話すとき、ティアフラムのこころはまだ痛む。遠い記憶の中には、確かに仲良しだった頃があったのに。 「……そう。僕がジールヴェだっていうのは初めて会った頃からわかっていたっけ。瞳も耳も、人間や精霊とは形が違うんだけれど、もうひとつ。気配がね、ひとでも精霊でもないから、ひどく感じ取られにくいんだよ」 ジールヴェの特徴、それは黒目がちな瞳、一見してわかる精霊と人間の中間のような耳の形。そして、夢の狭間にただようかのようなごくごく薄い気配。人間はこの世界にくっきりと存在を残し、精霊もまた対極の存在であるが故に鮮やかな力としてこの世に在る。ふたつの融合であるはずの愛し子は、それなのに、まるで存在しないかのようなごくごく薄いものなのである。 「あんた、昼間『それを利用されている暗殺者なんだ』って言ったわよね? ねえ、それとこれってどういう関係なの?」 遠い昔に会ったはずの、彼らジールヴェたち。彼らがそんな暗い面をもっていたことなど、まったくティアフラムは知らなかったから。 「いつかは知らない。でもあるとき、ひとりの人間が気付いたそうだよ。これは使える、ってね」 「どういうこと……?」 「わからないかい? 人間って、殺しが商売になるんだよ。地位や財産、それを守るためだったり手に入れるためだったら平気で他の存在を消せる人間がいるんだ」 道具であった過去を思い出してか、エディは自虐的な笑みを浮かべる。 「その気付いた誰かはね、まだ幼いものごころつく前のジールヴェたちを親元からかなり強引に連れ去って、それで闇の集団を作り上げたんだ。雇われてひとを殺す、ね」 「なによ、それ……。そんな、生きている存在を道具みたいに! ジールヴェは、ひとと精霊をつなぐ証なのに、何で、何で!?」 ティアフラムにはまったく想像もできない世界だった。そして、人間に対する大きな不信が、ふたたびこころの中に渦巻く。もう、人間は精霊の近くにはいない。そんな気がして、ひどく辛かった。 「言ったろ、道具なんだって。使う人間にとっては目的さえ果たせれば後はどうだっていいんだよ」 「それで……? なんであんたは同じジールヴェに追われる事になったの? まさか……」 あんたもその一員だったの? そう言おうとして、でもさすがに言えなかった。 「僕も、五年前、そこのメルが助け出してくれて逃げ出すまでは、確かにその一員だったよ。だから、それからずっと追いかけられてる。命を狙われてる。秘密を知ったものは生かしておけないっていうんだろうね。昔と違って感情も何もかももってるんだから」 「確かにな、昔のお前ときたらまるで人形だったしな。よくここまで成長したもんだ」 メルディース以外に、逃げ出したばかりの頃を知るデルディスは、そう感慨深げにエディを眺めた。視線に気付いたエディが半ば照れて視線を外す。 「そういうわけ。暗殺者特有の印が体に残っていて結界無しにはすぐに居場所がばれちゃうのが問題なんだよね。だからこうして、旅を続けてる。精霊に力を借りて、掛け橋になりたいと思ったのも、あるんだけれどね」 聞き出した真実は、ティアフラムが想像していた以上のもので、あんなに激しく聞き出したはずなのに、すっきりとした気分にはなれなかった。 「もう、父さんも母さんもいないしね。帰るところもないから」 そんな風に言うエディの言葉が、何故か悲しくて。 「ねえファー、何であんなのにくっついてるの?」 気まずいまま別れて、今はファーのいる部屋。もうそれぞれ夢の中にはいるような時間だ。ファーのいる寝台の横でそんな風に尋ねてみる。 「あら、不思議?」 「うん。だって、あんな妙なやつ、見たことないしそんなのにファーが何でつきあってるんだろうなって。あの風精霊とかおじさんとかはおいといてさ」 最近歳を気にし始めたらしいデルが聞いたらなんて言うかしら。こっそりこころの中で思いながら、ファーは意味深げな笑みを漏らした。 「あら、あれで結構あのふたり、役に立ちますのよ。エディも腕だけはたちますし。女ひとりが旅するのに、これ以上の条件はないんじゃなくて?」 意外にしたたかな答えに、ティアフラムも思わず笑みをこぼす。 「そういう訳なのね! うん、ファーってやっぱり面白い!」 「ふふ、ありがとう」 「おはよう、ファー。……それにティー」 「……おはよう」 昨日の話の続きか、エディと顔を合わせるのは気まずくて、不機嫌そうに挨拶をする。 「エディ……」 「何だよ?」 昨日はあんなことを聞いてごめんなさい、そう言おうとしたけれど、やっぱり素直になれなくて。それにエディの答えがぶっきらぼうで気に入らないものだったので。 「いつか契約破棄させてみせるから! それまでは仕方ないからついて行ってあげるわよっ!」 「仕方なく連れて行くのはこっちの方だっ! 大人しくしてないでつっかってばかりいるから!」 売り言葉に買い言葉とはまさにこのことで。 「なあんですってぇーーっっ」 「お前ら朝っぱらから何やってる」 デルディスの怒鳴り声とファーの笑い声、メルディースのため息が港の爽やかな海風に乗って響いた。 |
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