File.30「混沌を望むもの」


「そんなに王の位が欲しければ、私に代わって指揮をとればよいであろうに。努力も何もせず、民のためになることもせずに、王を名乗ろうなど馬鹿げたことを」
 メディス卿はため息をつく。訳のわからないアルフォークは、父の言葉に首を傾げた。
「父上、いったい何を……」
「王と同じく命を狙われた、ということですよね。王の位を狙う何者かに。おそらくは同じものが仕組んだこと。計画とは違う方向へ進む現状に、焦っているのかも。事に及んだものも、多分同じような存在……」
 ファリウスやメルディースまでもが力を失いかけていることの原因はただひとつだろう。影の存在がここでも見える。だが、、精霊ふたりまでが狙われた理由を、エディは思い浮かべることができなかった。いったい何のために。
「エディさん……?」
 考えこんでしまったエディを覗き込むようにしてアルフォークが言葉を発する。エディがなぜ父の言葉がわかったのか、青年には少しもわからない。
「アルフォーク。お前はもう少し、政に関心を持つべきだな。これくらいのことを考えられねば、まだひとり前とは言えぬぞ。……エディ殿の言うとおり、おそらくは王位を狙うものの計画だろう。私が今、一番王位に近いからな。今回は運良く失敗に終わったが。……あちらにしてみれば失敗だろうが。だが、これで終わったわけではあるまい」
 息子に少々非難の混じった視線を向けた後、メディス卿が言った。
「望むと望まざるとにかかわらず、巻き込まれてしまうのには変わりがない。向こうもあきらめるつもりなどないのだろうしな。アルフォーク、お前もだぞ。重々気をつけるように」
 そうしてメディス卿は、深いため息をついた後にまぶたを閉じる。疲れや体力の低下もまだ回復していないのだろう、すぐに安らかな寝息に変わった。眠りの世界に落ちたメディス卿を見て、エディはアルフォークに立ち上がるように促した。
「アルフォーク。メルの話を聞こう。もしかしたら他にもわかることがあるかもしれないし、詳しいことも聞けるかもしれない。……ほら」
 いまだに父のそばに膝をついていたアルフォークは、エディの呼びかけにようやくゆっくりと顔を上げ、立ち上がる。まだ半ばも理解していないというような表情で、のろのろと首を振ったのち、深いため息をついた。
「本当に、情けないです。父の言ったことを、まだ少しもわかっていませんでした。これじゃ、いつまでたっても半人前な訳だ」
 苦笑の混じる声色で自嘲気味につぶやく。そんなアルフォークを気遣うように笑みを浮かべ、エディは彼の肩をたたいた。
 

 メルディースは相変わらず生気のない白い面のまま、歩み来る従弟と若い騎士のほうに視線を向けた。心配そうにメルディースの前に跪くエディと、その後ろに立つアルフォーク。先ほどとはまったく逆の構図だった。
「メル、やっぱり……。やっぱり話は後にしようよ。今でなくってもまだ時間はあるんだ。お願いだから無理は……」
 彼らに何が起こったのか、もちろんエディも気にならないわけではない。だから先程、父のそばに留まろうとするアルフォークを促した。けれど、メルディースの姿をこうしてふたたび目の前にすると、彼を心配に思う気持ちのほうが遥かに強い。何より、叔母と彼以外には、頼るべき力を分けた肉親などいないに等しいのだ。失いたくない気持ちは誰より強い。
 従弟の今にも泣き出しそうな、幼子そのものの表情を見て、内心に浮かんだ苦笑を苦労して隠しながら、メルディースは首を振る。
「いいえ、従弟殿。今話しておかなければ、いつ何時また同じことがあるやもしれません。そのとき、私たちが無事である保証などどこにもないのです」
 きっぱりと言ったメルディースのひとみに逆らえず、エディは彼に従うより他になかった。
 
「今日、幾度めかの休憩の折、私とファリウスさまはメディス卿の部屋を訪ねておりました。これからのことを話し合わなければならなかったのです。何しろ、会議は長く続く割に、何ひとつ建設的な意見など出てこないのですから、少々困っておりましてね」
 肩をすくめたメルディースは、わずかばかり苦笑を浮かべたあと、言葉を続けた。
「何も起こらなければそのまま、しばらくのちに会議は再開される予定でした。私たちももちろんそのつもりだったのですが、どうやらそのつもりでない者たちもいたようです。私たちが三人、そろっているあの時が、何より変えがたい好機だったのでしょう。まとめて葬り去ることのできる、ね」
 本来ならいるはずのない、私まで何故かいるのですからね、とため息とともに言葉を吐き出した。
「メディス卿たちはともかくとして、何でメルまで狙われるんだよ。ここの争いとはまったく無関係だろ」
 エディが至極当然の疑問を投げかける。今問題にしているのはこの大陸の行く末である。風の精霊の一族など今は関係ないはずだ。
「わかりませんか、従弟殿。影が害したのはアルフェリシアさま、地の一族の長です。いくら権力争いの果てとはいえ、恵みもたらす精霊まで失わせるのは人間の望むところではないはずでしょう。それなのに、アルフェリシアさまは失われた。これには影の思惑も絡んでいます。……人間が影を利用しようとして、逆に利用されているのですよ」
 現状より導き出される答えに、メルディースはきつく目を閉じた。
「まさか……だって影に意志はない。自らのこころで動くなんて、ありえないよ」
 かつてそこに身をおいたものとしての言葉がエディの口から告げられる。
「そうですね。実際動くものたちには意志は必要ありません。しかし、意志のない者たちだけで、組織が成り立つはずはありません。上には必ず動きを決める者たちがいます。違いますか?」
「そうだけど」
 言われてみれば確かにそうなのだ。影の手足として動いていたときは、そんなことは思いもしなかったけれど。
「でも。今までは指示どおり、誰かの思惑通りの行動しかしなかったはずだよ。指示以外の行動、精霊の長まで害するなんて大胆な行動、普通ならするはずない」
 どうしても腑に落ちない点がある。エディはさらに言葉を重ねた。
「そう……それが、問題なのです」
 エディの疑問に頷いておいて、メルディースは言葉を繋げようとし、ふと黙り込んだ。
 言葉をつむぎかけた唇が少しだけ震えて、メルディースの常ならぬ精神状態を映し出している。様子のおかしいことに気づいたエディとアルフォークが、首をかしげて顔を見合わせた。
「メル? いったいどうし……」
 尋ねかけたエディの感覚に、かすかに何かが引っかかる。忘れたくとも忘れられないそれは、影の爪。かつて属していたからこそ、何かに紛れるようにして入り込んだ忌まわしき存在をエディは感じ取ることができた。
 滑らかな動きで、懐に手を入れる。金属の確かな感触を確かめて、それを一気に引き抜いた。銀色の光が闇へと消える。
 澄んだ音を立てて、ナイフは床に落ちた。闇の中から反射するのは、エディが持つのと同じ鋭い銀の光。くつくつ、と何かくぐもった声の笑いが静かにこぼれた。
 
「……誰だ」
 エディが決して声を荒げることなく静かに問う。
 ようやく侵入者に気づいたらしいアルフォークが、誰かを呼びにやるのを、弱々しい動きでメルディースが制した。
「何故ですか! 王宮に侵入者なんて、見過ごしていいわけはありません」
「そうですが、アルフォーク。そんなことをすれば、ここから一歩も出ないうちにあなたの命はありませんよ」
 恐ろしい言葉に、アルフォークが凍りつく。闇の中に目を向けると、身動きできないほどの鋭い何かが、こちらを向いていることに気が付いた。
 静かな靴音が、闇の中から響いてくる。部屋の中に漏れてくる光に映されたのは、淡い金色の光に彩られた、翠の双眸。明確な感情を伴うそれは、愛し子である証に少しばかり大きい。ゆるやかに流された巻き毛の隙間からは、ひととも精霊とも違う変わった耳朶が覗いていた。
 それはゆっくりと部屋の中を見渡したあと、鋭くにらみつける銀の青年に向かってにいっと笑いかけた。
「これが、闇より抜け出したはじめての愛し子、か。お目にかかれて光栄だよ。これが最初で最後だからね」
 ひとをからかうのが目的のような声が薄い唇から発せられる。エディよりも遥かに柔和なその顔は、それにおよそ似つかわしくないほど尊大な表情を浮かべてみせる。
「誰だ、と聞いている」
 その侵入者の表情に反比例するかのように、渋面を作ったエディが問いを繰り返した。
「自らの意志で影に従うもの。そして、影の行く末を決めるひとり、とでも言っておこうか。さっきは思わぬことで失敗してしまった仕事を片付けにここにきたのだけれど、まさか会えるとは思わなかった」
 同意を求めるように、青白い顔をした精霊に尋ねる仕草をする。
「自らの意志で、従っている……?」
 信じられないことを聞いて、エディは体中の何かが逆流しそうなほどのめまいを覚えた。
 影は、愛し子の意志を奪い利用していたはず。でも。
「そのとおり。影は唯一、ジールヴェのいるべきところだから。影はジールヴェのためにあり、ジールヴェは影のためにある。存在してはいけないものが作った、ただひとつの居場所だからね」
 それはふたたび、エディに向かって笑った。

 

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