File.3「風の封印」


「う……ん」
 つまみあげられたまま、炎の少女は夢の中。
 夢の中は……懐かしい故郷。
 炎が踊る。故郷の地はいつも、あつい祝福に満ちていた。
 砂漠の広がる大地の奥まったところ。太陽の降り注ぐ乾いた地に少女の故郷はあった。
 乾燥によって生じる自然の炎が少女たちをうみ、力を与える。ひとが生活する上でなくてはならないものとなった火。
 ひとびとはその炎を繁栄の象徴として大切にしていた。
 そして精霊たちもそのひとの気持ちに応え、必要以上に火がひとを脅かさないようにまもる。
 ながいながい間の共生。
 ひとも精霊も互いにかけがえのない存在として認め合い、このままの関係がずっと続くと思っていた。
 いつからだろう、ひとが精霊のことなど気にしなくなったのは。
 いつしかそばに彼女たちがいたことなど夢にも思わないひとが、増え始めたのだ。
 それはほんのちいさな土地からはじまって……今では精霊とともに歩むことを選ぶひとのほうが少なくなってきている。
 それが彼女の故郷の現実。
 
 夢の中で少女は、懐かしい、ひととともに歩んだ日々に、泣いていた。
 哀しみは憎しみとなって……愛したひとに向けられる。
 
「さて、メル、この子が眠っているうちに済ませてしまおうか。また起きだして暴れられたら厄介だからね」
 エディがにっこり笑みを崩さないまま、立ちあがる。
 恐れをなして他の三人はあとずさった。
「エディ……?」
「僕の本業を忘れたのかな? これでも一応召喚士なんだから。契約を結ばせて好き勝手できないようにするんだよ」
 母から召喚の力を強く受け継いだ彼。修行し始めたのは五年ほど前からなのだが、ジールヴェであることが幸いしてかその腕はすでに母親をしのぐまでになっていた。
「さすがに意識のない精霊を従わせるのは無謀に近いけど。
 起きだしたらまた暴れるだろうし、仕方ないじゃない。緊急措置として、ね」
 そのまま、眠る少女を大地に置き、ぼろぼろになった衣服をとりあえず、整える。
「メル。さすがに、僕ひとりじゃちょっと厄介だ。封印の力を少し、貸してくれるだけでいいから」
 強引なエディに、メルディースは少しだけ苦い笑みを浮かべて言った。
「仕方ありませんね……まったく、いったい誰に似たのやら」
 脳裏を、同じような物言いをした少女の幻影がかすめた。
「つべこべ言ってないで、いくよ! 
『我が名、エディ・フォ・メイデンの名によってひとつの盟約をここに発動せん。炎の恵み名乗りしとき、その力は我が物とならん。我が血と我が力、我が名をもって我が生の終焉まで、これはまもられるものとする』」
 召喚士が精霊と契約する、それは召喚士にとって基本中の基本であり……そしてもっとも難しい儀式である。
 己が力を見極めそれに見合った契約を申しこまなければ、力にとりこまれ自分を見失ってしまう。
 ひと型をとれるような高位の精霊と契約すればするほど、その危険は大きくなる。
 ましてや、意識のない精霊ヘ了承無しに契約を結ぶなど危険極まりないことである。
 
 ひとつため息をつき、その無謀な行為を始めてしまった従弟のために力を貸す。
「『我が力と源を同じくする愛し子のため、純粋なる風の力を貸さん。炎をとりこみ、内なる力として封印せよ。愛し子の命無くば、その力、解放すること能わず』」
 手を少女のほうへ伸ばす。それと同時に風が少女を包み込み、檻となった。
 
 うっすらと、精霊の少女はまどろみからのぼってゆく。ぼんやりとかすむ視界に、ひと影が見えた。
「……うん……?」
 力を解放させるのを途中でさえぎられたかのような鈍い痛みが頭を支配する。
 ゆっくりと頭を振って、何とか今の状況を把握しようとした。
 と、銀色の頭をした、まだ少年らしさを残した人間の声。
「気がついたね。気分はどう」
「……うん、ちょっと、頭痛い……」
「そうか……あ、君の名前を聞いてもいい?」
 あまりにもさらりと発せられたその言葉に、思考能力の低下した彼女はあっさりと答えを口にしてしまう。
 普段なら絶対に言わないのに。後々まで彼女はそのことについて卑怯だわ、と口を尖らせる。
「……"ティアフラム"……」
 ぱしゅっ。
 その言葉とともに、軽い風が走った。
 ティアフラムと名乗った精霊の腕に、何か緑色のものが現れる。
「きゃ! な、なななな、何よこれっ!」
 慌てふためいてティアフラムがその何かを引き剥がそうとする。……がどうやっても外れてくれない。おしまいには泣き顔になって何とか焼き切ろうとした。
「無駄だよ、それは風の封印。君が名乗ったと同時に発動するように、そこにいるメル――風の精霊が仕掛けたんだ」
「なによぉ! 早くこれ、取ってよぉっ!」
 エディの説明など、まったく耳に入ってない風に精霊は泣き叫ぶ。力がうまく使えない。
 なぜだろう。
「早く取ってくれないと、また焼け野原にしちゃうんだからっ!」
「……やれるものならやってごらん。君はすでに、僕と契約を結んだ身。好き勝手に力は使えないからね」
 その言葉を聞き、ティアフラムは一瞬止まったあと、ふらふらとくずおれた。
 

「多分、この精霊の独断だと思いますから、これ以降、この村が原因不明の火事に襲われることはないと思います。この子は僕たちが連れてゆきますから。ほら、ティー、迷惑かけてごめんなさい、は?」
 何が起こったか、事態を把握しかねている村人を前に、エディ一行は状況を説明する。この村に強く漂っていた炎の気配は、あの火の精霊ただひとりのもののようだった。精霊が集団でこの村に害をなそうとか、そういうことではないと理解すると、村人たちはほっと安堵の表情を浮かべる。
「助かりました。このまま、なすすべもなく村が滅んでゆくのかと……。我々は精霊にたいして、何も対処できませんから」
「ええ……けれど、こんな事をする精霊は多分、稀だと思います。だから、これからも……あんまり恨んだりしないで下さいね。恵みをくれる精霊だって、たくさんいるんですから……」
 あくまで申し訳なさそうにするエディの様子に、村人たちは好感を抱いた。
「わかっていますよ、精霊はいつも、我々と共に。いつまでも、大切な存在ですから。」
 村人の答えに、エディはこころからの笑みを浮かべた。

 

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