File.27「決断」


 ファリウスがここに戻ってきたということは、何らかの結果が出たということだ。いまだに、エディに話をしたのを悔いているのか、ファリウスはうつむいて視線を逸らしている。
「……ファリウスさま」
 見かねたメルディースが老精霊を促した。
「……大丈夫です。立ち直れたとはいえないし、まだまだ気になることや納得できないことはあります。……でも、ずっとこのまま、っていうわけには、いかないから」
 闇の中、眠る皆の顔を見つめながら、エディはひとり考えていた。消えてしまうというのが動かしがたい事実であるなら、これからどうするべきなのか。何故今なのか。
 ぐるぐると巡る考えの中、エディはとりあえずの結論にたどり着こうとしていた。心のどこかには、やはりもやもやとした気持ちが残っている。けれど。
「僕は僕の答えを探す。もしかしたら、どこかに可能性が残されているかもしれない。……だから、大丈夫です」
 迷いの残るひとみで、けれどエディははっきりとそういった。
 はっとして老精霊は顔を上げる。泣きそうになりながら、彼は何度も頷いた。

「済まぬ、本当に済まぬ……。今から一族の者を鎮めてくる。すべてを話して、皆を静かにさせてくる。それが終わればここから出られるじゃろう」
 何度も何度も、自分を納得させるようにファリウスは頷いた。いまだ荒れ狂う聖地の外、そこへ行き、怒りに燃える同胞を説得するのだ。力を衰えさせ、長の座を譲ったとはいえ、彼はいまだに一族の尊敬を集めている。その彼の力を持ってしてもなお、うまくいくかどうかはわからない。
「わし自ら、そなたとともに王宮へ行こう。王はもうおらぬが、王宮に行けば何とかなるじゃろう。召喚士もいることだしな。一族の行いを詫びよう。……荒れてしまった大地を、せめて残された力で修復すれば……わしらの仕事は終わりじゃ」
「……終わり?」
 老精霊の言葉に、どことなく不吉なものを感じたエディが聞き返す。
「従弟殿」
 言外に、聞くなという意味を込めてメルディースが言葉を発した。
「仕事が終わりってどういうこと? 森に帰るって意味には思えない。この地に精霊がいる限り、その役目が終わるわけじゃない。いったいどういうことなんです」
 気まずい沈黙。ファリウスはまた、言いにくそうに視線を逸らした。
「今しばらく、この地に留まるつもりでおった。せめて後もう少し……と。しかし、それももう、これで終わり。わしらはこの世界を離れる。これ以上、ここで生き続けることは……できぬ」
 所々かすれる声。とぎれることのない涙の中、老精霊は決意を口にした。


 結界が張られたここまで、争乱の音は余り紛れ込んでこない。それでも、ファリウスが同胞を説得する、その混乱だけははっきりと伝わってきた。とおく、近く、叫びにも似た音が、波のように流れ込んでくる。
 精霊のうまれ持ったさだめ、行く末を受け入れるための、それは耐えがたい痛み。この地にはじめにうまれて、すべてを守ってきたという、精霊の持つ誇りがばらばらに崩れていく、その悲しみが森を満たそうとしていた。
「従弟殿。ファリウスさまを追いつめるようなまねをしてはいけません。ただでさえ、今のあの方はアルフェリシアさまを亡くされて酷く落ち込んでおられるのです」
 問いつめるべきではなかった、と厳しい声で、メルディースはエディに顔を向けた。いずれ自らも同じ役目に立たねばならないだろうメルディースの表情は時々苦痛に曇る。
「……だって」
 エディ自身も、聞くべきではなかったと今更ながら後悔する気持ちはある、しかし、気になったことは答えを聞くまで納得できないのだ。膝を抱えて、半ば拗ねた顔で従兄に反論する。
「もう少し、ファリウスさまは時を待つおつもりだったようです。私がここに来た時、そう語っておいででした。けれど、今のこの大陸の混乱……。もう、許容の限界を超えています。いずれ去らねばならぬのなら、なるべくひとに危害を加えないうちに……。そう、ファリウスさまは」
「……どうして、精霊がこんなに苦しまなくちゃいけないのかな。あのね。レイラの港町で、マールに帰るメルを僕たち見送ったろ?」
 きょとんとした顔で頷くメルディースに、エディが言葉を続けた。
「それを見ていた船乗りは、僕たちの方を見て奇妙な顔をしたんだ。……メルやティー……精霊が全然見えていないみたいだった。僕が感じ取られにくいのは承知してるけど、まさかメルたちまでとは思わなかった。船の中でもやっぱりそう。はじめからいないみたいだったよ、まるで」
 そのときのことを思い出したのか、エディのひとみにわずかに涙がにじむ。精霊の身に起こった出来事を、まるで自分のことのように思っているらしいエディに、メルディースは思わず柔らかい笑みを漏らす。この愛し子は、どこまで優しいのだろう。
 ひととしてのはじまりが遅かっただけに、今でも従弟は純粋な子どものようだった。
「ねえ、メル。ずっとここから去らない、って言ったよね。ずっと、ここにいるって。今でもそれは変わらない?」
「おかしなことを聞きますね、従弟殿。ええ、変わりませんよ。私たちは『そのとき』が来るまで、この世界に居続けます」
 祖先の築いてきたもの、守護すべき人間たち。愛する者たちのいるこの世界。秘められた想いと、愛が眠るこの世界に。
 メルディースは深い思いを込めて頷いた。
「……そう、か。僕ね、考えたんだ。僕に何ができるか……って。僕は諦めないことにしたんだ。もしその創世の物語が本当だったとしても、もしかしたらどこかに抜け道があるかもしれない、そう思った。どこかに、ふたつの種族が共存できる道が残されているんじゃないかって。精霊を生み出した人間達がみんな、精霊はいつか消えればいいって思っていた訳じゃないと思うんだ。だって、心があるんだよ。もしかしたら最初のジールヴェだってそのころにうまれていたかもしれない。そう考えたら……希望はまだ残されてるって思えた」
 頼りなく揺れるひとみの中に、メルディースは、ゆるぎない決意を見た気がした。
「だから、本当は地の精霊たちにも諦めて欲しくないんだ。……もう、決めてしまったら僕には動かせないけれど……」
 いまだやまない、混乱の声に、ぽつりとエディの声が向けられた。


「起きた? ほら、もう時間だよ」
 ゆらゆら流れるようなまどろみのとおくで、そんな声が聞こえた気がした。続いて、自分の体が揺れる。誰かが、触れている。
「うるさい……何よ、もう……」
 やんわり手を押しのけ、ティアフラムはふわりといい匂いのするファーの薄布に潜り込む。さっきとはうってかわって、いい気持ちで眠っていたのに。
「ったく、しょうがないなあ……。ファー、ありがとう。ほらティー、追いてくよ」
 ばっ、と柔らかな薄布が引きはがされる。お気に入りを奪われた子どものように、心許ない気持ちになって、ティアフラムは思わず飛び起きた。さっきまでのしあわせな眠りの世界から離されて、不機嫌さをあらわにする。
「いい加減にしなさいよっ!」
「良かった、起きた。さあ、王都へ戻ろう。精霊たちもようやく静まったから。気分はもういいんだろう?」
 ティアフラムの怒りをさらりとかわし、エディはにっこりと言葉を口にする。あれほど悩んでいた少女が、元気になってくれるのなら、今回ばかりは笑って受け流そう、とエディは思っていた。腹は立つけれど、悩みの深さを考えれば、これでも安いものだ。
「……うん。多分、大丈夫……」
 そんなエディの心の動きを知らないティアフラムは、とまどいを隠せない。どうしてこんなに急に、優しくなるのだろう。
「まだ調子が悪いんじゃないか? 無理はするなよ。何なら僕の肩に乗っていく?」
 歯切れの悪いティアフラムの言葉に、勘違いをしたのか、エディがのぞき込んだ。肌とは違う感触の、革手袋の手が少女に触れる。いつもの、ぞんざいな扱い方ではない。柔らかく、できるだけ優しく、気遣うような触れ方。
「ば、ばか! からかわないでよっ。……ひとりで大丈夫だから」
 ほんのり赤くなった顔を背けるようにして、ティアフラムはエディの前から飛び去った。

「振られたな。お前がいつもと違うから、ティーも戸惑ってるんじゃないか? どういう心境の変化だ」
 大きく伸びをしながら、デルディスがエディのもとに歩み寄る。どこか笑いを押し隠したような表情。
「……そんなつもりじゃないよ。ただ……」
 その後を、言いにくそうに飲み込む。
「何だ? お前たち、変わったのか変わってないのかわからないよなあ、本当に」
 からかいを含んだデルディスの声が響いた。
「うるさい! ……ほら、行こうっ。ぐずぐずしてる暇はないんだから!」
 照れ隠しなのか、ひときわ大きいエディの声が森に満ちた。

 

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