File.14「王都へ」
 

 アルフォークと名乗る青年は、本人が語る『王都の近衛』という身分に、まるで似つかわしくないくらいの純朴な人間だった。王都への道すがら、話す口調からも見て取れる。騎士、それも近衛の一員であるならば、いわゆる高貴な身分の出身であることは明らかなのに、それを微塵も感じさせないのは特異といえた。
「そう、仰られましても、……私、小さい頃は父の領地で暮らしていましたから、良くわからないんです。自分が近衛になれるような身分だなんて、夢にも思っていませんでした」
 頭をかきつつ笑うアルフォークは、そのように自分の出自を語った。
「まあ、それで? どうして王都まで?」
 他に話題がないためか、話す話題は自然にアルフォークのことになる。目をきらきら輝かせて問うファーに、彼はまた、頬を染めて視線を外した。
「ひとり息子でしたから。やはり跡を継がないわけにはいかなくて、父のもとへ」
 そう話すアルフォークからは、少し不満の色が見えて、多分、村においてきたものでも居たのだろうと容易に想像が付いた。元々、正妻の子ではないのかもしれない。話しぶりからはそんな印象も受ける。
 
「そして、近衛になったからって大切な方をお迎えにいらしたのね。どんな方?」
「あ、いや、だからそういうわけではないので……」
 尋ねるファーに、アルフォークがうろたえる。耳まで真っ赤に染めた彼の姿は、とても高貴なる近衛の一員とは思えない。
「王家の血を引くといわれるメディス家の方なのに、本当に珍しい方なのね」
 昔、まだ彼女が故郷で、何不自由なく暮らしていたときのこと。やはりその大陸で一番の貴族であったファーの家では、他の大陸の貴族たちとも親しく付き合う機会があった。誇り高き地の大陸の貴族といえば、ファーの中では少し近寄りがたい印象があったのだ。
 それなのに。
 彼の所持品に刻まれた紋章、彼の家柄を示す名前。それらが示すものと、彼とは、どうしても一致しない。
 かわいらしい、と笑みをこぼすファー。さらに問いを重ねようとしたとき、エディの手がそれを遮った。
 視線で、それ以上の言葉を止める。聞かれたくないこともあるだろう、ということらしい。青年の話の内容を考えれば、近衛の騎士と村娘では待ち受けるのが祝福ばかりとは限らない。それに……。
「ファー、誰にだって話したくない過去はあるよね? ……僕にだって、ファーにだって」
 その言葉と、悲しげな瞳にはっとする。
「あ……ごめんなさい……」
 ひとの世界のさまざまなこと。醜い争いや、くだらないこだわりに、泣く思いをしたのは自分も同じなのだ。失ったもののことを考えると、今でも酷い痛みがこころに走る。
「いいんです。頑張って近衛の一員になったから、父にも必ず認めてもらえると思っています。……家が違おうと、流れる血が違おうと、私は私で、それは誰にも変えられません。……私のこころだって」
 力強く語り、我に返ったアルフォークは、照れくさそうにまた、純朴そうな笑顔を見せた。
 

「それにしても、さ、なんだか、やけに騒がしくない? 何かあったのかな?」
 エディが首を傾げて、森を出てようやくたどり着いた、大きな街道を見渡す。
 王都へと続く道は、この大陸に広がるどの道よりも広い。ゆえに通るひとの数も他の道の比ではなかった。けれど、それを差し引いても、今日の道は騒がしい。豪奢な輿や旅姿のひとがそこここに見られ、何か大がかりな行事の準備ではないかとも思われた。
「そうだなあ……おい、アルフォーク。この大陸ではこの時期、何か祭りでもあるのか?」
 デルディスに問われたアルフォークも、不審そうにあたりを見回し、眉をひそめた。
「……いいえ。収穫祭はだいぶ後ですし、建国祭も暫く前にあったばかりです。この時期は、本当に何もない、平和な時期のはずなんですけど」
 宿らしき建物の横に置かれた輿に目をとめたアルフォークが、言葉を止めた。息をのむ。
「……不幸があったようです。王都で……しかも、かなり身分の高い」
「どうしておわかりに? ……あ!」
 アルフォークに指された輿に目をやったファーも、何かに気づいたようだった。
「ちょっと、ねーえ、さっきからあたし無視してどーいうことなのよっ」
 かなり長い間放置されていたティアフラムが、据わった目で一行に呼びかける。相当怒りが溜まっているらしい。
「僕もわかんないよ。あの輿に、何かあるの?」
「……死者があるときにはね、哀しみの気持ちを表すために輿もそれに見合ったものを用意するの。それに、ほら……輿に乗るひとも、本来だったら着飾ってもいいくらいの身分なのに、色彩のないものばかり」
「……良く、ご存じですね」
 ファーの出自を知らないアルフォークが、驚きの表情を見せる。何らかの教育をうけたものでなければ、このような内容は知りようもない。
「……色々と、女性には秘密がありますのよ」
 意味ありげにファーは告げ、柔らかく笑った。
 

『気になります。何があったか、聞いてきますね』
 そう言い残し、アルフォークは輿の止めてある宿に姿を消した。
「……これだけ大騒ぎになるんだから、よっぽど高い身分のひとなんだろうね。王都に行ったら、大変かも」
 一行はアルフォークが戻るまで、所在なげに宿屋の前に立ち時間をつぶしていた。道行くひとびとの姿を見送り、エディがつぶやく。
「何でもいいからさあ、早くこの大陸から出ようよ。……大体、何で全然関係ないのに、こんなやっかいなこと背負っちゃうわけ?」
 頬を膨らませてティアフラムが愚痴る。これでは、故郷に帰る日はいつになるかわからない。それに。
「ねえ、念のために聞くんだけどさ。……あたし嫌な予感がするんだけど、王都の方角って高い山じゃない? もしかして王都って……」
「ああ。デイアベル山の中腹にある。その上が地の精霊の聖地。まあ、王家と精霊の絆を強めるためには、順当なところだよな」
 にやり、という表現がふさわしいくらい、意地悪な笑みをデルディスが浮かべる。
 森を戻るときに気が付くべきだった。ティアフラムはあのとき疑問を口にしなかった自分を酷く呪った。
「な、な、な……っ」
 怒りで周りに火花が散りそうな表情をし、ティアフラムがその感情を爆発させようとしたとき。
 
「大変です!」
 周りを蹴倒しそうな勢いで宿屋からアルフォークが飛び出した。白い顔がさらに白く、まるで今にも倒れてしまいそうな様子である。一行のもとにたどり着いてからも、支えていなければまともに立ってもいられないほど、何かに衝撃を受けた様子だった。
「落ち着いて、アルフォーク。……何があったんですか? ちゃんと息をしてください」
 エディはアルフォークの肩を支え、前後に揺さぶる。近衛というだけあって見事に鍛えられたその体は、力が抜けたようにがくがくと揺れた。
 暫くして、ようやくアルフォークの瞳に光が戻る。
「あ……」
 我に返ったアルフォークの瞳から、そのとたん、滝のような涙があふれ出した。
「……陛下が……崩御、なされたと……。私は、おそば近くに、いることもできなかった……っ」
 泣きながら、アルフォークは体勢を立て直す。
「こうなれば、一刻も早く王都に戻らなくてはなりません。近衛として、この時期の王都にいないことは、何よりの罪です」
「大丈夫? 少し、休んだ方がよいのではなくて?」
 止めるファーの言葉にかぶりを振る。涙に濡れる瞳に浮かぶ決意は揺るぎのないもので。
「……申し訳ありません。先に、行きます」
 王都に着いたら私の屋敷に、この指輪があれば何とかなりますからと言い残し、アルフォークは一行を置いて王都へと駆けだしていった。
 置いていかれた格好になった一行の手には、紋章の刻まれた指輪が残る。
「……僕たちも行こう。なんだか、嫌な予感がする。この大陸の王は結構年配だったはずだけれど、それでも突然亡くなってしまうほどじゃなかったはずだし。……もしかしたら、精霊たちの怒りとも何か関係があるかもしれない」
 エディの言葉に、デルディスとファーも頷く。
「走りましょう」
「ああ!」
 去ってしまったアルフォークと同じ、遙かにそびえ立つデイアベル山の方角へ。
 

「ちょっと、もう、どうしてそうなるのよっ! 山には行かないって、あたし言ったじゃないっ」
 ファーに懐深く抱かれ、無理矢理連れて行かれる格好となったティアフラムの、ヒステリックなまでの叫び声が高き山へとこだました。

 

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