File.13「同行者」 デルディスがつれてきたその男は、清潔さの感じられる軍服を身にまとい、複雑な意匠の刻み込まれた剣を提げていた。地味ではあるが、高級であることを見て取って、ファーが目をわずかに開く。 「かなり、身分の高い方みたいですわね。こんな場所に、何の用だったのでしょう……」 地の精霊によって変化させられ、エディの喚んだ風によって破壊されてしまったとはいえ、ここは深い森である。点在する村以外に目立ったものはない。にぎやかという言葉とはほど遠い場所なのだ。 「森の道を通っていて巻き込まれたって感じじゃない? こいつ、誰かさんにみたいに鈍くさそうな顔してるし」 ふわふわと中空に浮かんだまま、男の顔をのぞき込み、ちらり、エディへ視線を向けたティアフラムがくすりと笑う。 「何だって?」 向けられた視線に気づき、鋭く声を投げるエディ。ちいさな少女はふふんと鼻で笑ったあと、エディの手に届かないようにと、高度を上げた。 怒りの収まらない様子であたりを調べているエディをよそに、ファーは男の体を丹念に調べはじめた。興味津々といった体で、その様子をティアフラムが眺める。ファーの顔が、何故かとても嬉しそうで、目がきらきらと輝いていたのを見逃さなかったのだ。デルディスは呆れた様子でその様子を見守っていた。 「ねーえ、ファー、その鈍くさいの、調べて何が面白いの?」 「あら、こんなにかわいらしい方なんですもの、興味がありますわ。……あら、この紋章……確かこの大陸でもかなり有力な貴族のものですわね。デルの推測どおり、王都の騎士だというのもあながち、間違いではないかもしれませんわ」 肩衣を引きはがし、所持品を引っ張り出し、ファーは男の正体を調べるのに忙しい。踊り子に身をやつしているとはいえ、その身に流れるのは貴族の血、男の正体の手がかりになるものをめざとく見つけた。笑うファーの手に握られていたのは、銀色に光るちいさな指輪。身分を証明するための紋章が刻まれていた。 「……あんまり変なことはするなよ。のんびりした顔はしてるが案外、凶暴かもしれないぞ。目覚めると同時に剣を抜かれてもしらないぞ」 見かねたデルディスが声をかけたが、ファーはそんな言葉をものともせず、男のそばに居続けた。 「あら、大丈夫ですわよ。この方、手に剣だこはありますけれど、剣は綺麗なものですもの。……あら、お目覚めかしら」 ファーの動きに起こされたのか、男がかすかに唸った。そのまま、まぶたが揺れたかと思うと目が開かれる。薄い茶色のやさしそうな瞳は、目の前に繰り広げられた風景に言葉を失った。中空に浮かぶ、ちいさな赤い少女、幼い少女を抱いている男。それに……。 「……おはようございます、ご気分はいかがですか?」 丁寧な言葉とは裏腹に、あられもない姿の美女が笑いかけている。気づけば、自分は肩衣を脱がされ、上着もはだけられていて。 言葉を出さぬまま、男は、その白い顔を真っ赤にして、ふたたび気を失った。 「大胆すぎるんだよ、ファーは……もう少し何かを纏うとか気を遣ったらいいのに」 ようやく先ほどの怒りを収めたエディが、ふたたび無意識の世界に旅立った男の格好を直しながらつぶやいた。悪夢でも見ているのか、男は目を閉じたまま、何かにうなされている。 「わたくしの衣装は、わたくしがこの仕事を始めたときに譲っていただいた大切なものですの! 脱ぐわけにはいきませんわ! ……これでもまだ、踊り子の間では普通ですのよ」 デルディスとエディになだめすかされ、薄い薄布で肌を隠したファーが憤慨した様子で叫んだ。だが、どちらかといえば、エディの言葉の方が世間の常識に近い。デルディスやエディは旅を続けているうちに慣れてしまったが、他の人間にしたら、ましてや貴族の人間にしたら刺激が強すぎるだろう。 そんな彼女を目の前にして、自分の様子を考えたら、どんな誤解をされてもおかしくない。エディは目の前の男に少しばかり同情した。 「はあ……目覚めたらどう説明しようか、デル?」 「どうもなにも、そのまま言うしかないんじゃないか? それ以外にうまい方法なんて見つからないしなあ……」 だろう? と肩をすくめるデルディス。その声に、ひときわ大きい男の声が重なった。 「ここは異空間ですか!? こ、こ、こんなとんでもない姿をした……!」 男の言葉は最後まで続かず、かわりに乾いた音が響く。 「初対面の女性にそれは失礼ですわ!」 高い空に、ファーの声が飛んだ。 「ごめんね、で、理解してもらえた……かな?」 首を傾げて、エディが男に話しかける。やっと、一行がここに来ることになったいきさつと、彼を助けるまでに至った過程を語り終えたところだ。 両頬を真っ赤に張らした男は、黙って頷いた。怒っているせいではなく、ただ視線をどこにやっていいのかわからない、とまどいのなせるもののようだった。未だにファーの方を向くことができず、とまどいの表情を浮かべている。 「申し訳ありません……助けていただいておきながら、失礼な真似を……なんと言ったらいいのか」 ひたすら恐縮した様子で言葉を紡ぐ彼は、まじめで純朴そうな青年だった。なんだか青年をいじめている気分になったファーが、荷物の中からさらに厚い布をとりだして纏う。 「こちらこそ、ごめんなさい。いきなり叩いてしまって。痛かったでしょう?」 しなやかな手が青年の頬に近づく。柔らかに撫でる手に、青年が頬をまた染めた。 「いっ……いえ、お気遣いなくっ!」 「それで、王都の騎士とお見受けするが、何故このような場所に?」 また気を失いかねない青年を、ファーから遠ざけて、デルディスが尋ねた。 「はあ……確かに、私は王都の騎士で……あ、名乗るのが遅れました。アルフォーク・ディ・メディスと申します。……何故、王都のものだということがおわかりに?」 「……格好からおおよその見当をつけただけだ。王都の騎士ならこのような場所に用があるとは思えないんだが……」 さすがに、持ち物をあさったとは言えずに、デルディスは言葉を濁した。 「ここは、父の治める土地でもあるんです。村には知り合いも多くて……私が近衛の一員に選ばれたことを知らせたいものもいたものですから……」 デルディスの表情には気づかず、アルフォークは言葉を続けた。そのなかにかすかな照れがあるのを敏感に感じ、遠ざけられていたファーが近寄る。 「その方はあなたの大切な方、ね?」 あでやかな笑みで見つめられたアルフォークは、見ている方が気の毒に思えるほどに狼狽え、後退る。 「はあ、いや、あの、そのっ」 「……頼むから落ち着いてくれ。それでこの森に来たときに、精霊たちの攻撃に巻き込まれた……んだな?」 放っておくとあらぬ方向へ話がずれてしまう。デルディスは内心ため息を吐きつつ、あわてふためいたアルフォークを宥める。 「はい。来たときは何の変化もなかった森が、ある時突然動き始めたんです。私は村の男たちと一緒に、村人の避難を手伝っていて、逃げ遅れてしまったようです。まだ、森の中には逃げ遅れた者たちが居るはずなのに……」 「原因がわからないんだ……。困ったな、それじゃあどうしたらいいのかわからないよ。あんなに怒るからには何か理由があるはずなのに」 あの叛乱に巻き込まれたものならば何かわかるかもしれないと思ったのだが、それは淡い期待のまま終わってしまった。深い困惑を吐き出しつつ、エディは頭を抱える。 「もし、よろしかったら私に同行して、王都まで来ていただけませんか? この地に起こった異変を、私は陛下に報告しなければなりません。精霊に近しい方々であればこころ強い。助けていただいたお礼もしたいのです」 考え込んだ一行を前に、アルフォークは決意を口にした。この地を守護する精霊たちに何か異変が起こったというのであれば、この国全体を揺るがす大きな事件となりかねない。愛する国を守るために、彼らの協力が得られるならば、こころ強いに違いない。精霊との絆を持つものは、国の中枢に行けば行くほど少なくなってくる。 アルフォークの言葉に、一行は顔を見合わせた。王都に近づく必要性は、今の一行にはない、けれど。 「うん、僕たちも、精霊たちのこころを知りたい。良かったら、協力させてくれないかな」 精霊と人間のか細い絆。今にも切れそうなそれを、守るためには。 |
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