これは星の海に浮かぶ、小さな小さな惑星の、とおい昔の物語。

光の国の王子・闇の国の姫


 とおいとおい昔、ひとびとは星の海を渡りました。故郷を離れ、長い間さまよい、小さな小さな惑星にたどり着きました。それはまだ、安定したばかりの若い星をめぐる、水と緑に恵まれた惑星。まるで彼らの故郷を見ているようでした。
 ただひとつ、違った所は、その惑星がいつも同じ方向を星に向けているということだけ。星の方向を向いている側は緑穏やかな春の国。星の海へ向いている側は氷に閉ざされた冬の国。
 彼らはもちろん、春の光の国に住むことに決めました。
 でもなかには、光はまぶしすぎると安らぎを求め、氷に閉ざされた冬の闇の国に住むひとびともいました。彼らは、故郷から持ってきた知恵をもとに、氷に閉ざされた中でも、豊かに暮らせる場所を作りました。

 そうしてこの惑星には、光の国と闇の国ができたのです。

 もともとひとつの星の人間であった彼らでしたが、ふたつの国にわかれてしまってからは、互いを嫌いあうようになってしまいました。
 光の国は闇の国を、堂々と表に出ることのない臆病者だとののしり、闇の国は光の国を、富を追い求めてばかりの強欲ものだとさげすみました。
 故郷を追われ、共に永遠の楽土を求めたはずのひとびとがこのように互いを嫌いあうことに悲しんだほんの少しのひとびとは、いつか本当になって欲しいと願いを込めて、ひとつの伝説を作りました。

「光と闇がとけあうとき、ふたたびほしは動きださん。そのときこそ、この世界は真に恵まれたものとなろう」
 ……と。


 そして月日は流れました。
 国の王もひとも変わりました。けれど、互いの国への嫌悪の気持ちは消えることがありませんでした。むしろ、時が経つにつれ、だんだんと大きくなってゆくのでした。
 ただ伝説だけが、かすかにひとの心に残るのみでした。

 そんな時代のことです。
 光の国の王さまに、ただひとり授かった王子さまがおりました。
 王子さまは、この国を照らす星の恵みを授かったかのように明るい光の髪を持ち、かしこい瞳には、緑の恵みが宿っていました。
 王子さまは誰にでも好かれ、誰をも嫌うことなく、優しい心を持っていました。王子さまの周りには、いつもたくさんのひとが集まっていました。闇の国のひとびとにも変わりなく接する、稀なひとでした。
 王子さまは遠い昔、ひとびとはみんな一緒だったことを知っていました。だから今のこの惑星の状況を、とてもとても悲しんでいたのです。なぜ互いに嫌いあわなければならないのかと、いつもいつも思っていました。王子さまの緑の瞳にうつるのは、とおい闇の国。
 王子さまはいつしか、闇の国にあこがれるようになりました。安らぎに満ちた、ひとびととのかかわりにも。
 できるものならいつか、ふたつの国が変わりなくふれあえる日が来ないものかと、願っていました。

 闇の国の王さまには、たったひとりのお姫さまがおりました。
 お姫さまの長い髪はまるで、この国をおおう氷のきらめきをうつしたようで、哀しげな瞳には、空にまたたく星の光が宿っていました。
 お姫さまはとてもうつくしく、たくさんの人がお姫さまの周りにいました。ですがお姫さまはひとりでした。誰ひとりとして、お姫さまの心を開かせることができなかったのです。
 お姫さまはいつも、とおくの光の国を見つめてばかり。
 まぶしい光に、お姫さまはあこがれていたのでした。光と、そしてわだかまりなどないひととひととのまじわりにも。
 この国の氷を溶かすように、人の心も溶かしてくれたなら。
 誰にともなく、お姫さまは祈りました。


 ある時、惑星に危機が訪れました。
 この惑星には、同じ星をめぐる、兄弟星がありました。ながい尾を引くさまよい星でした。気の遠くなるほど長い年月をかけて星を巡るさまよい星が、惑星近くにやってくることがわかったのです。
 このままでは、惑星のめぐるみちが大きく乱されてしまうということもわかりました。惑星が、ひとの住めなくなる環境になろうであろうことも。
 ひとびとは狂ったように逃げ回りました。とおい昔にこの星に降り立った時の船を使って、星の海に逃れようとするひとも、たくさんたくさんおりました。
 同じような大きな船をもうひとつ造れるほど、人々には力がありませんでした。とおい昔の技術など、とうに忘れ去られてしまっていたのです。
 そしてとうとう、光の国と闇の国はそのひとつの船をめぐって、戦いをはじめてしまったのです。

 たくさんのひとが、この戦いで死んでゆきました。
 死を悼む哀しいこえが、光の国からも闇の国からも聞こえて、とぎれることはありませんでした。
 それはまもなく近づくであろう、この惑星のさいごを悼むかのようでした。


 光の国の王子さまは、戦いを続けるおろかさに悲しみ、何とかすべての人が救われるようにと願いました。そしてただひとり、闇の国へと話しあいに出かけたのです。船を動かすことのできるキィワードの片割れを、胸のうちに大切に秘めて。

 闇の国のお姫さまは、傷ついたひとに癒しを与えながら、ひとびとのおろかさに泣きました。戦いをおさめるために、キィワードを密かに持ち出して。お姫さまはただひとり、光の国へと向かいました。

 そうして光の国の王子さまと闇の国のお姫さまは出会ったのです。
「あなたはだあれ? あたたかい瞳を持つかた」
 お姫さまは初めて出会った王子さまの優しい姿を見て、うまれて初めて淡く頬を染め、言いました。
「僕は光の国の王子。あなたこそどなたなのです? 深い慈しみを瞳に宿したかた」
 王子さまはこんなにうつくしいひとがいたのかと、密かに高鳴る胸をやっとのことで抑えて、言いました。
「わたくしは闇の国の姫。争いを止めるためにひとりでここまで来たのです。キィワードをたずさえて」
 お姫さまは続けて言いました。
「あなたが王子さまなら、どうか戦いをやめさせてください。
 どうしてもとは同じひとびとが、こうして争わねばならぬのです。
 どうしてともに、手を取り合うことが出来ないのですか」
 王子さまは、必死に見つめるお姫さまの手を取って言いました。
「僕も同じ考えをもってここまで来たのです。おろかな争いなどやめて、共に生きるために。
 船を動かすためのキィワードを胸に秘めて」
 驚くお姫さまに、王子さまは続けて言いました。
「同じ思いをお持ちなら、姫よ、どうかともに戦いを止めてください。
 僕たちはきっと、ともに歩むためにここで巡り会ったのです」
 王子さまの言葉に、反対する理由などありませんでした。
 手を取り合ったふたりは、互いの国に、争いをやめるように必死に働きかけました。
 互いの父王に、涙ながらに語りかけました。

 けれどもう、戦いは誰も止められるものではなくなっていたのです。王さまも、ふたりの言葉に心を動かされることはありませんでした。それどころか、王子さまもお姫さまも、裏切り者として国を追い出されてしまったのです。
 ふたりは星をわたる船の中で、どうにもならぬ現実に嘆き悲しみました。これでは、遅かれ早かれ、ひとびとは皆死んでしまうでしょう。
「ひとを滅ぼしてまで、戦う理由がどこにあるのでしょう?
 これではすべてが消えてしまう……」
 お姫さまは、国を焦がす炎を見つめて泣きました。
「せめてこの惑星の危機さえ過ぎれば、何とかなるかもしれないのに」
 だんだん大きさを増すさまよい星を見て、王子さまは呟きました。
 ふたりは大きな船を見渡して、そしてさいごの希望を見つけました。

 ふたりの持つキィワード。
 それを使ってこの船を、あのさまよい星にぶつけたら何とかなるかもしれないと、ふたりは考えたのです。
 もちろん、あのさまよい星にくらべたら、この船など砂粒のようなもの。それでもふたりは、万にひとつの可能性に、希望を託したのです。
 たくさん燃料の詰まった船に、ふたりだけで乗り込んで、声をそろえてキィワードを唱えました。

  はるかなる星の海 ふたたびわれらを包まん
  われらはすべて星の子なり ははなる宇宙《そら》に身を委ねん

 星をわたる船は、ふたりの願いを受けて動き出しました。大きなさまよい星に向けて、ふたりは飛び立ったのです。
 王子さまとお姫さまは、互いに抱きしめあって故郷の惑星に祈りを捧げました。どうか平和でありますように、と。


 そして船は大きなさまよい星の中へと姿を消し、とうとう戻ってはきませんでした。

 奇跡が起きました。
 ふたりの願い通り、大きなさまよい星はかけらを残し、ひとの住む惑星を滅ぼすことなく過ぎ去りました。
 惑星には、王子さまとお姫さまの祈りが降り注ぎました。流れ星が空をいろどり、ひとびとの心を癒してゆきました。ひとは空を見上げ、自分のおろかさにやっと気づきました。
 王子さまとお姫さまの心が、やっと届いたのです。


 さまよい星が残したかけらはそのまま、惑星の周りをまわる月になりました。そしてゆっくり、惑星が動きを変えはじめたのです。
 月に導かれ、ゆっくり、でも確実に。今まで同じ側しか星に向けていなかった惑星が、くるくるとまわりはじめたのです。

 こうして、伝説は真実になりました。
 今でもこの惑星のひとびとは、王子さまとお姫さまが、月で幸せに暮らしていると信じています。



Fin.