Double Extra File「旅の途中に」

Extra File「旅の途中に」
　

おどり　うたい　あいをかたる
玻璃色の乙女は　その幻の瞳で
あでやかに　ひとのこころをひきつける
そのすがた　とりこにならざるもの
いずこにありや？　

　しゃらんと軽い音を立てて、幾重にもなった細い金の腕輪が空におどる。
　うたうファーは薄布を風に遊ばせ、暑い日差しの照りつける広場を、滑るように舞った。はためく薄布はその色を虹のように変化させてファーを彩る。大勢の見物人を目の前に、彼女は生き生きとしてみえた。薄く透ける肢体、艶っぽい流し目に観客は増えるばかり。ファーはこれ以上は無いという笑顔で踊り続けた。
「この暑いのに、よくファーってあんなに動き回れるよなあ……」
　ぼやきつつ、エディは舞台効果のためと水の精霊を喚び、協力してもらっている。彼は、はじめのうちはこんなことに力を貸してもらうのを酷く渋っていたのだが。他でもない喚び出された精霊たちが、ひとの生活をかいま見る楽しさに惹かれてしまったのだ。
　涼しげな色の美しい精霊は楽しそうにひとびとの間、舞台をめぐり。冷たく爽やかな空気を見物人へとおくる。
　街の広場はそこだけ、祭りでもないのにいつにないひとの量だった。
　
「しかし……暑い……なあ……」
　物陰に座り込み、肩衣や着衣をゆるめつつ、だらしない格好なのはデル。こと舞台や見せ物となると、彼の出番はない。彼は主に不届きな輩から皆を守る用心棒役である。……と言っても守られるばかりではない仲間たちだが。
「あら、なによこれくらい。あたしはもっと暑いほうがいいわねっ」
　その横でこびとのような火の精霊の少女が飛び回り、ファーの様子を見つめていた。よほど珍しいのだろう、目をきらきらと輝かせている。
「元気だなあ、お前……ああ、火に属するんだもんな、当然か」
　今襲われたら間違いなくやられるだろう、そんな様子のデル。
　だらしないのね。と彼女――ティーは容赦ない一言を浴びせ、ファーをもっとよく見ようと飛び去ってしまった。
　

「デル、ほら、水」
　舞台を精霊の好きに任せ、ひとだかりの中を逃げてきたエディが水筒を片手にデルの隣に座った。ふたつのうち、ひとつを差し出す。
「暑いのに氷室に氷が残ってるところがあったみたい。冷えてる水、珍しいから買ってきちゃった」
　のどを鳴らして、おいしそうに水を飲む。つられて、デルも口を付けた。
「あー……生き返る」
「デル、歳がばれるよ、歳が」
「うるさい」
　

「お疲れさま、ファー、大分路銀も貯まったみたいだし、良かったよね」
　未だ興奮さめやらぬ広場の片隅で、踊り終わって上気した顔のファーが、抱えて戻ってきたおひねりを数える。精霊の効果もあってか、実の入りはいつになく多い。これでしばらくは苦労せずに旅を続けられそうだ。
「水の精霊の方の助けもありましたから。お疲れさま。力を貸してくださってありがとう」
　そばに留まっていた、エディの喚んだ精霊にファーがほほえみかける。
「僕からもお礼を言うよ。ごめんね、こんなことに使っちゃって」
「いいのよ、可愛い愛し子《ジールヴェ》。ファーも楽しかったわ、また、喚んでね」
　ひらり、一行の周りを舞った後、美しい精霊は元の場所へと帰っていった。
「も……もう行っちゃった？」
　精霊の気配が消えた後、デルの肩衣の物陰にしがみついていたティーが、おどおどと姿を現す。
「あれ、ティー、いたんだ」
　普段の様子とはまるで違うティーに、思わず吹き出しそうになるのをこらえて、エディ。
「な……何よっ」
　あたりを見回し、ようやく安心したのかデルの陰から出てくる。
「水の精霊の穏やかさには敵わないから苦手なんだとさ」
「あーっ、何よデル、内緒にしてっていったでしょっ」
　真っ赤になるティー。自分が激しい性格なのは承知しているから、なおさら水の精霊の様子に密かにあこがれたりもしていて……とにかく苦手なのだ。
「ふーん、そうなんだ」
　意外なことを聞いたとにやりとするエディ。
「うー……っ」
　一生の不覚とばかりにうなるティーをよそに、エディはこれからのからかいのネタができたとこころの中でほくそ笑む。
「ねえ、お金も貯まったことですし、夜まで解散で自由行動っていいかしら？　宿で落ち合えばいいんですし」
　なぜだかそわそわとした様子でファーが会話を遮った。
「うん、いいけど？　別に一緒に行動しなきゃいけないって決まりはないんだしね」
「ああ、俺はもうこれ以上暑いのはごめんだ、一足先に宿に戻る」
「あたしはー……あたしも何にもやること無いから戻って大人しくしておくわ」
　ファーは？　と聞くと、彼女はまだ上気する顔をにっこりとほころばせ
「あら、それを聞くのは野暮というものですわ」
　それだけ言うと、うきうきとひとだかりの中へと消えていった。
「……また始まったか……」
「そー……みたいだね……」
　取り残された三人のうち、何かを察したデルとエディが呆れた声を出す。ファーの欠点、というべきか何なのか、やたら惚れっぽいのだ。街ごとに素敵なひとがいただの何だのと一行を巻き込んできた。熱しやすく冷めやすい性格のせいで、旅立つときにはすでに何ともなくなっているのだが。
「何？　いったい何ー？」
　ひとり訳のわからないティーは癇癪を起こしそうな勢いで呆れるふたりのまわりを飛び回った。
　

「んー、風が爽やかだなあ」
　デルとティーと別れたエディはひとり海風の吹く港へと足を運ぶ。うだるような暑さの中でも、海の水気を含んだ風は心地よい。ひとつ大きな伸びをすると、すぐそばに船の見える浜辺の砂に腰をおろして寝ころぶ。
　目を閉じてしばらくしていると、突然ぴしゃんと水しぶきがはねた。
「わ！　誰!?」
　急いで起きると、波間に誰かの姿が見えた。
「初めまして、風のジールヴェ。あたしはここの海に住む精霊。ここでもめっきりジールヴェの数が減っちゃって、珍しかったから」
　水に濡れたちいさな少女の姿の精霊は、そう言ってにっこりと笑った。
「初めまして。……びっくりさせないでくれると嬉しいんだけど」
　少女につられて、にっこりとほほえみを返し、困ったように少女の方へと体を向ける。
「ごめんなさいね。ねえ、せっかくだから遊んで？」
　ぱしゃん。音をさせて水面から浮き上がると、彼女はもう一度エディの方へと水をかけた。
　

「え？」
　精霊の言葉に答えを返す前に。どこから現れたのやら、少女の友達らしい精霊たちが姿を見せる。
「えぇ!?」
　びっくりする暇も与えずに、精霊たちは楽しそうに、エディに向けて水をかけ、騒ぎ始めた。
「わ、わ、わ、だからちょっ……待ってったら」
　そんなエディの言葉が聞こえているのかいないのか、ぱしゃんぴしゃんと水しぶきは絶えることがない。いつの間にかエディも、本気になって精霊たちと水を掛け合っていた。
　びしょぬれになり、ふと街の方を見やると、この街の子だろうか、数人、エディたちの様子を眺めている。エディが手招きすると、子どもたちはびっくりしつつも喜んで駆け寄ってくる。
「いらっしゃい、子どもたち！　一緒に遊びましょ」
　それに気づいた精霊たちも、子どもたちを笑って迎え入れた。
　

「……なんだありゃあ」
　数刻後、宿で暇をもてあまして暑いと愚痴りながらも街に出たデルと、ひとりじゃ仕方ないしとくっついてきたティーが、港近くで見たものは。
　子どもに交じって泥だらけびしょぬれになりつつ、はしゃぎ回るエディの姿。
　実年齢よりはるかに幼く見えるその姿に、ほほえましくなってデルが声をかける。
「おーい、エディ、あんまり羽目を外すなよー！」
　声に気づき、エディがデルとティーに向けて手を振った。
「デル！　ティー！　一緒に遊ぼうよー！　……わわっ、やったなっ」
　そしてまた、水掛合戦にもどってしまう。
　まるで父親のような眼差しで、デルはそれを眺め、肩衣を外すと子どもたちの方へ走り去ってしまった。
　取り残されたのはティーひとり。でもやっぱり、水は苦手だ。
「……もう、しょうがないんだから……」
　

　暑さのおかげか、水に濡れても風邪をひくことはなく。エディもデルもその日はびしょぬれではあったがいい気分で。
　その夜遅く宿に帰ってきたファーも、やはり終始上機嫌。ティーが何をしていたのか聞いても、ふふふと笑うだけで教えてくれない。
　ティーは、ひとりぶちぶちと文句をいいつつ、次の日の朝まで、面白くないまま過ごした。
　

「人間ってやっぱりわかんないっ」

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